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十六章 希求する終焉

  


 友人の家、正確にはその庭にある私設墓地へ向かいながら、私はそっと連れを窺う。

(さっきの言い方……まさか、彼は)

 そう考えれば、この年齢不相応に辛そうな表情も納得出来る。けれど、どうして……?

「あの、ハイネ君」

「何ですか?」

 私は重箱を開け、やや斜めになった桜餅を見せた。

「もし良かったら。甘い物は好き?」

「……はい、とても」

「じゃあそこのベンチに座ってて。私、向こうの屋台でコーヒー貰って来るから」

「え、あ、小晶さん!?」

 彼を待たせる訳にはいかない。小走りに出店のドリンクスタンドの前に行き、ホットコーヒーを買った。

「はい」

「済みません。幾らでしたか?僕払います」

「別に気にしないで。あ、ほら。ハイネ君は既に二回もお花を買っている訳だし」

 自分でもよく分からない理屈を言う。

「それに私、普段の買い物はウィルかオリオールがお財布を出すから、自分のお金を殆ど使わないの。だから気を遣わなくて大丈夫」

「そうですか……分かりました。では」両掌を合わせる。「頂きます」

 丁寧に桜の葉を剥き、一口。

「甘い……でも塩味も微かに効いてて、凄く美味しいです」

「口に合って良かった」褒められて思わず頬が緩む。


 もぐもぐ……再度掌を合わせる。「御馳走様でした」


 食べ終えて紙カップを傾けた彼は、幾分リラックスした様子で唇を離した。

「小晶さんの声、とても綺麗なボーイソプラノですね。珍しいんですよ、大人でそんなに高い音域が出るのは」

「そう、なんですか?」

 よく女性と間違われるのは、ひょっとしてそれが一因なのかな?

「ええ。でも肺活量は少ないようですから、声楽向きではありませんね」

「確かに、少し走っただけですぐ息切れしてしまいます。ハイネ君は歌を?」

 瞬間、和やかな青年の表情が硬くなる。

「ええ、昔……学生の頃に部活で賛美歌を」

「へえ。道理で心地良いテノールだと思いました。今は歌っていないんですか?」

「はい……幸せだった時の物は、もう全部失くしてしまいました」力無く頭を振る。「恩人のジョウンさんも……」

 どうしよう。余計に落ち込ませてしまった。と、又も右手が勝手に動く。


 ポカッ!「!!?」


「辛気臭え餓鬼だぜ。坊やの腹を裂いたり、不死共をブッ飛ばした時の威勢はどうした?あぁ?」

「え?」

 そんな粗暴をこの彼が?

「僕もあんな乱暴な真似をする気は無かったんです!でも……済みませんでした」平身低頭で謝る。

「そいつはまだいいさ。だが手前、あの時何で“奴”を待たなかった?言ったよなはっきり―――殺してくれ、って」

「!!?」

「“炎の魔女”に掛かれば、如何に強え手前でも一巻の終わりだ。なのにどうして」

 バッ!青年は立ち上がり、速足で教えた道を行く。手間の掛かる奴だぜ、燐さんが軽やかに後を追う。

「まぁ“緋の嫉望”さえ無けりゃ、俺の方が数百倍強えがな。臆病風に吹かれたのか?情けねえ、これだから剥けてもないお子様は」


「―――女性だったからです」

「は?」


 ハイネ君は振り返り、静かに私達へ視線を向けた。

「小晶さんが呼んで初めて知ったんです。僕は女性とは戦えません」

「だが奴は」

「言いたい事は分かっています。でも―――彼女は紛れも無く『女王』です、“黒の燐光”。真実がどうであろうと」

「けっ、乳臭え!」

 横に並び、燐さんはそう罵倒する。それに対し、青年は冷静に私へ尋ねた。

「小晶さん、後どれぐらいですか?」

「えっと……この林を抜けた先だから、もうすぐです」

 昨日持っていた分は別のお墓に捧げたのか、今日は挿してある花の種類が違っていた。黄色い菊の代わりに、可愛いピンクのカーネーションが一輪中央を占めている。

「今日の花束も綺麗ですね。店員さんに選んでもらったのですか?」

「いえ。昨日はそうしたんですけど、今日は自分で」照れ臭そうに頬を掻く。「僕、カーネーションが好きなんです」

「確かこの花、年に一度母親へ贈るんだよね?ハイネ君のお母さんはどんな人なの?」

 寂しげに目を伏せかけて慌てて、ごめんなさい、辛い事を訊いてしまって……、謝った。すると彼は意外そうな表情で顔を上げる。

「あ、いえ……思い出そうとしたんですが、何分僕が物覚えが付く前に病気で亡くなってしまったので。父の話では優しくて料理の上手な女性だったそうです」

 深刻な様子無しに淡々と説明する。

「じゃあ、誰かに贈った事は」

「ありますよ。―――だから好きなんです」

 花束を持つ手を頭に当て、青年は照れ臭そうに微笑んだ。



 林道が開け、一ヶ月振りに友人の庭の墓地に到着。二十個以上ある中、あの夜の記憶を頼りに探し始める。

「あ、これは……」

 友人の家に最も近い、一際真新しい白の墓石。


―――ピアニスト詩野 美佐と、最愛の伴侶ヘイト・ライネス、ここに眠る。


 自然両手を胸の前で握り、祈りを捧げる。墓の前には妹の美希さんだろうか、新鮮な木苺付きの枝が供えてあった。

「お知り合いですか?」

「はい。友達のお姉さん達です」

 そうだ。二人が死んだのも、そもそもは私の……「ごめん……なさい」

「小晶さん」

「済みません……でも」

 パタッ。墓石を灰色にして染み込む雫。

「お気持ち……お察しします。僕も色々な人を……死に追いやってきましたから……」

 肩に置かれた慰めの手が振り払われる。

「あの墓だ。とっとと済ませろ」燐さんがぶっきらぼうに言い、前方の一つを指差す。

「そう、ですね……分かりました」

 歩いて行った長身の青年は墓碑銘を確認し、長袍が汚れるのも構わず両膝を着いた。

「ジョウンさん……済みません。十四年も待たせてしまって……」

 カーネーションの花束を斜めに立て掛ける。


「でも……きっと迷惑、ですよね?―――『自分を殺した男』の訪問なんて……」


 勿論覚悟は出来ていた。だけど、こんな事って……。

 跪いた彼の氣をひしひし感じる。悲哀、慟哭、絶望―――一人では到底重過ぎる感情が、広くまだ幼い背中を押し潰さんばかりに圧し掛かっていた。

「済みません……謝ってジョウンさんが生き返るなら、何千回でも……仮令咽喉が潰れても謝るのに……」

 青年は泣いて、泣いて、顔をぐしゃぐしゃにして崩れ落ちる。けれど、部外者の私はただ見ている事しか出来なかった。


「ケッ!そのくらいでいいだろ、甘ったれが!!」「!?駄目!!」


 燐さんの脚が跳ね上がり、無防備な後頭部を打つ―――その寸前。


 ガンッ!後ろ手の三節棍がまるで生き物のように動き、曲がった先端で刃物付きパンプスの底面を受け止めた。


「邪魔をしないで下さい。血に飢えた怪物にだって、悲しむ権利ぐらいある筈です……」

「だからって俺達の前でグジグジメソメソすんな!悪気があんならとっとと政府館へ行け!親の仇を殺りたくてウズウズしてる奴がいるからよ!!」

「り、燐さん!?」

 無茶苦茶な提案をした別人格は、更に逆の脚で追撃を仕掛ける。ガンッ!また止められて舌を鋭く打った。見えてないのにこの反応、凄い。

「ジョウンさんのお子さんが僕を……そう、ですよね。僕だって、大事な家族があんな惨い殺され方をしたら……だけど」

 顔を上げ、長袍の袖で涙を拭く。

「散々試して分かりました。並大抵の人間に……僕は『殺せない』んです」

 ??どう言う意味だ?ハイネ君は同族ではない。なら残る可能性は―――“死肉喰らい”?

「魔術の神童のジョウンさんでさえも……僕を止める事は出来なかった」

 ザッ。何故か彼は三節棍を持ち直し、胸の前で構えた。

「今の二撃、大分手加減していましたね。でも、隠し切れていないその殺気と力量―――」

 燐さんも右脚を上げ、暗器のナイフを出した両の拳を握って斜めに立つ。


「“黒の燐光”。どうやらあなたが僕の捜し求めていた人のようです」

「気色悪ぃ言い方すんな。俺と殺り合おうってか?やれやれ、これだから童貞坊やは前置きが長くて困るぜ」


 死でしか終わらない真剣勝負に異議を唱えようとしたが、自由を奪われ口を開ける事さえ出来ない。

(燐さん!ハイネ君!!お願い、止めて!!!)

 命を命で償っても誰も救われない。絶対他にもっと良い方法がある筈なのに!!


「行きます」

「だからいちいち言うなって」


 二人が同時に跳び、爪先と棍が交差する―――その直前、後方から声がした。




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