十五章 赤の保菌者
「皆、解散だ!!」
突然の燐の暴走に混乱する俺達に、弟は鶴の一声を発した。
「ちょっと待ってよエル!追い掛けられてた子は誰なの?」
「あの蒼いのが誰であれ、誠を一人にしておいたらヤバいんじゃないのか?何時“死肉喰らい”や“魔女”が現れるか分からねえんだぞ」
「………」
「なあリ……エミル!?ど、どうしたの一体!?顔が真っ青」
今にも倒れそうな妹の肩を支え、義息は幾分高い声で慌てふためく。
「どうやら体調不良みたいだね。ケルフ、アイザも連れて帰れるかい?」
「あ、ああ。おいリーズ、本当にどうしちまったんだ?」
ぺちぺち頬を叩くが、少女は何かに怯えて全く反応しない。
「シャーゼ。君も早く母親を病院へ送って行って。後、君自身は念のため整形外科で腰の診察を受けて帰る事。これは命令だ、いいね?」
「私の事などどうでもいい!小晶を放っておくつもりか!?」
「―――心配は要らない。さ、皆帰った帰った!」
強制的に手荷物を持たされ、急かされた仲間達の未練の視線が遠ざかり、やがて見えなくなる頃。弟は秘書に向き直った。
「美希。ラキスに連絡して、三人を見張っているよう命令を出してくれ。定期船に乗るまで絶対に目を離すな、とね」
「お二人の体調が優れないとは言え、そこまでするのですか?」
「彼等の安全のためだ。それと急いで船着場に非常線を。目印は蒼い長袍と棍、年齢十五歳前後で頼む」
「先程の方ですね。分かりました」
慣れた手付きで狙撃手の番号に掛ける。その間に弟も自前の携帯を握り、何処かへコールし始めた。
「―――ああ、ルマンディ博士。エルシェンカだ。良く聞いてくれ、冗談じゃない。シャバムにハイネ・レヴィアタが現れた……いや。まだ捕縛はしていないが、万が一も有り得る。至急政府館へ来てくれ……ありがとう。彼を救えるのは恐らく宇宙で君だけだ、頼む」ピッ。
「誰だ?」
「ルマンディ博士を知らないのかい兄上?新聞はちゃんと読んだ方がいいよ。―――簡単に説明すると、現時点において宇宙一の細菌学者さ。同じ道の亡父の後を継ぎ、様々な凶悪ウイルスのワクチンを開発している」
「ウイルスって、インフルエンザとか?―――あの坊主、病気なのか?昨日は特にそんな素振り無かったが」
「会ったのかい!?何処で!」
「病院前の喫茶店だよ。シャバムへは墓参りに来たとか……そう言えば燐とえらく話が弾んでたな。何か知り合いみたいだったぜ」
「燐さんと?誠さんでなくてですか?」
要請を終えた秘書は首を傾げ、では彼は不死族なのですか?尤もな質問をした。
「いや。それは本人が否定してた」
「ハイネ・レヴィアタはれっきとした人間だよ―――一応はね」エルが含みのある言い方をする。「それより兄上。ハイネは一体誰の墓を?」
「探してたのは昨日の朝の時点での話。幾ら何でも丸一日以上見つけられねえって事は」
首を横に振る。
「そのまさかさ。彼は聡明な子だ。街中に長く留まる危険性は、彼自身が一番よく分かっている筈」
「まだ目的は果たされていない、と……ウィルさん」
「あ、ああ」会話の記憶を掘り起こす。「駄目だ。あの餓鬼、男か女かさえ言わなかった」
「ハイネは“赤の星”ラブレ出身だ。シャバムに近親者の墓は無い」
ラブレはオルテカの西百キロの街。公害惑星の“赤の星”の中では比較的空気が澄み、首都には無い大規模な緑化公園も設置されている。唯一人工光での青果物栽培も行われているが、味は矢張り陽光のエネルギーを浴びた物には敵わない。
「他に知人はいないのですか?」
「……とにかくまずは二人を見つけよう。美希。君は執務室に戻って連絡役を務めてくれ。捜索は僕と兄上と」
「僕もいるよ!」
ピョコン!オリオールがジャンプして自己主張した。
「ああ、分かってる。博士が到着するまでには何とか保護して連れて行くよ」
「はい。では一旦失礼します」
予めシート以外の物を纏めた袋を手に、詩野さんが小走りに丘を降りて行く。それを見送る間も無く、二人共早く!反対側へ駆け降りる弟。
「待ってよエルのお兄さん!」ズザザザッ!靴底で芝生を抉るように滑りつつ、少年が追い付く。「捜す当てはあるの?」
「まぁね。ただ、その前に一箇所寄らないといけない所がある。兄上」
何時になく真剣な顔を向け、突然頭を下げた。
「い、いきなり何だってんだ!?」
「頼む―――――!!」
続いた嘆願に「は?」思わず頓狂な声が出た。




