十四章 墓碑名
見知ったばかりの氣を感じ取ったのは、そろそろ次に予約している警察署の連中が来る頃だ、そうエルが告げた直後だった。
「ハイネ君?」「?」
桜並木の反対側、アルバスル共同墓地方面を見下ろすと―――いた。三節棍と花束を持った蒼い武闘家は、緑の芝生を左へと横切っていく。
「何やってんだあいつ?……ははぁ、分かったぞ。まだ目的の墓が見つからなくてまごまごしてんだな。やたらめったら強えくせにトロ臭い餓鬼だぜ」
「!?ハイネ……まさか」
隣でエルが息を詰めるも、無視したまま話を続ける。
「どうせ花見はもうお開きだしな。まーくん。こいつを食わせてやるついでに、ちょっとからかって来ようぜ」
「え!?ちょっ、燐さん!?」
次の瞬間、一個残った桜餅入りの重箱を持った身体が宙を浮き、丘を一気に飛び降りる。後ろでウィル達が私達を呼ぶが、勿論同居人が聞く筈も無い。
鮮やかな蒼の長袍は短い林を抜け、大通りへ。歩幅のせいか中々距離が縮まらなかったけれど、果物屋さんの前でようやく追い付いた。
「よう」ぽん、肩に手を置いて陽気に挨拶する燐さん。
「矢張りあなたでしたか、“黒の燐光”」
その口振りから察するに、どうやら追い掛られている事にかなり前から気付いていたようだ。
「見つからなかったんですか、お墓?」
「あなた相手に隠しても仕方ないですね。―――はい。昨日から丸一日半、墓地の端から端まで捜し回ったのですが……」
「墓地の管理人さんにも尋ねたのですか?」
「いいえ。管理小屋に行ってはみましたが、警察の人達と忙しそうにしていたので。最近あの辺りで何か事件があったのですか?」
燐さんが一ヶ月前の“泥崩”事件を話すと、道理で土があちこち掘り返されていた訳です、とあっさり納得。その態度を少し不思議に思い、疑問を口にする。
「シャバムに来たばかりなのに、すぐ信じてくれるんですね。死体が歩くなんて、普通の人なら俄かには」
「―――異常な事には慣れましたから」答えた後、束の間寂しげな表情を浮かべる。「しかしそうなると、一体何処で問い合わせれば」
「政府館に行ってみたらどうですか?」
生憎“泥崩”事件収束の指揮を取ったのは友人ではないけど、頼めば名簿を貸してくれるだろう。こんなに困っている彼を放ってはおけなかった。
「エルに言えば、お墓のリストぐらいすぐ用意して」
「エル……もしかして、エルシェンカさんの事ですか?」
「知ってるの?」
「ええ。向こうは多分、僕の事なんて覚えていないでしょうけれど……」
童顔の武闘家は静かに頭を横にした。
「駄目です、とてもあの人の力は借りられません。他に方法はありませんか?」
「あぁ?おい餓鬼んちょ、一日潰してまだんなナメた事言ってんのか?あの斑野郎に訊くのが一番手っ取り早えってわざわざ教えてやってんだろ」
「燐さん!―――あの、ハイネ君。何か会えない事情が?」
返事は無い。が、沈鬱な目が全てを物語っていた。
(背は高くても、まだ未成年なのに……よし)
三節棍を握る彼の手を両手で包み、一度大きく頷いてみせる。
「分かりました。微力ながら私がお手伝います」
「!?で、でもあなたの“黒の燐光”は、きっと今も誰かから狙われて」
「ハイネ君はとても強いみたいだし、燐さんと二人でいてくれれば大丈夫。それにシャバムは治安が良いから、何かあってもすぐに警察や政府の人が駆け付けてくれます。だから安心して話して下さい」
「お人好しが。どうなっても知らねえぞ?」ペッ!燐さんが唾を地面に吐く。「そう言うこったハイネ・レヴィアタ。とっとと言え」
青年はしばらく迷った後、徐に口を開いた。
「そう……ですね。何時発作が起きるか分からない状態で往来にいるよりは……分かりました。僕が捜しているのは――――さんです」
「え?」
何故聞き覚えのある名前が彼の口から?聞き間違い?それとも同姓同名の別人?
「あ、あの……因みにその人の職業は」
「政府員、でした」
ハイネ君は武器を持った拳を震わせ、絞り出すように言った。
「ジョウン・フィクスさんには……あんなに親身してもらったのに……!!」




