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十三章 花見会



 パカッ。「わー、綺麗!」「やっぱ美味そうだな」


 私が重箱の蓋を開けると、皆が一斉に歓声を上げた。

 お墓参りの後、小豆を煮て餡子を作り、村で買った餅粉を着色して練った生地の中に入れ、更に桜の葉で丁寧に包んだ。私達兄弟は慣れてないと言う事もあり、両手にベタベタくっつけながらの作業だった。

 リーズ達のお弁当、届いた出前のピザ三枚も広げ、賑やかなお花見が始まった。

「塩が効いてて美味しいね、四さんのお握り」

 あの大きな手で作ったとは思えない小振りの三角形をもぐもぐ。梅干の酸味も丁度良い。

「卵焼きもちゃんと出汁が効いていますし、私が作るよりずっと美味しいです」

 手放しで褒める美希さんに、そんな謙遜しなくていいって、家族がパタパタ手を振って否定した。

「でも、ありがと……帰ったら全部ちゃんと伝えておくよ」

 続いてリーズ達のお弁当へ手を伸ばす。尤も加熱した肉は食べられないので、プチトマトを取った。フレッシュな果汁が口一杯に広がる。

「兄様、これも食べてみて」

 横から唐揚げを頬張りつつ、山菜を串で纏めた焼き物を差し出すオリオール。灰汁抜きされたゼンマイやワラビは滋味に溢れ、舌が喜ぶ。少し離れた所でアスパラ巻きを食べていたウィルが美味しいと言うと、どうも、夢療法士は何故かやや硬い表情で応えた。

「昨日に引き続き機嫌悪いな」一人離れ、桜の樹の枝に座る燐さんの幻が言う。「もしかして『あの日』か?」

「本人に聞こえてないからって、セクハラは止めなよ燐」

 私以外唯一声の届くエルが反応し、全員が彼の方を見る。

「いや、大した事じゃないよ」

「大方私でしょう、エルさん?」

 少女らしくない表情で腕を組み、ツンとそっぽを向く。不意に横顔が本来の姿、エミル・アイゼンハークさんの物と重なる。

「弁解しておきますけど私、別に生理じゃありませんから」

「じゃあ更年期障害だな」

「こら燐!」

「まだギリギリ三十代です!」まるで聞こえているかのように怒る。どうして分かったの?

「まあまあエミ、じゃなくてリーズ。腹減ってるからカリカリしちまうんだよ。ほら、冷めない内にピザ食おうぜ」

 義兄のケルフがそう宥めつつパクッ。「げ。エル!このマルゲリータ、まだトマトが生だぞ!?」放射状に八等分されたピザを前にして渋面になる。

「ある程度は止むを得ないよ。何せ今日は朝から街中宴会状態だ。ファーストフード店はてんてこ舞いさ」

「だからと言って、箱に照り焼きチキンとあるのに、鶏肉が一欠片も乗っていないのは最早詐欺だぞ」

 そうボヤきつつ、シャーゼさんは手元のマヨネーズソースのたっぷり掛かったピースを睨み付ける。彼の言う通り主役は何処にもおらず、オニオンやコーン、マッシュルームが荷の勝ち過ぎた舞台で浮いていた。

「あー……まあ、届いてすぐに確認しなかった僕も悪かったよ。今日は目出度い席だ。お母さんもいる事だし赦してあげて」

「フン」

「それにあれだ、ほら。肉が入ってないなら誠も食べられるだろう?」

「あ、そうだね」

 ポン、と手を打つ。そう言えばまだ一度も食べた事が無い。どんな味がするのだろう?

「死神さん、はい」

 早速シェニーさんが一ピース手渡してくれた。お礼を言い、マヨネーズが垂れ落ちそうな角を一口。

「うん、これも美味しい」

 まだまだ外界は私の知らない事だらけだ。



 一通りお弁当が空き、コーヒーのお代わりと共にいよいよ桜餅の順番になった。私達三人以外の手が伸び、ちょっとドキドキしながら感想を待つ。 

「これは」「うん」「あれだな」

「勿体振るなよ。美味いか不味いかハッキリ言ってくれ」

 焦れたウィルがやや怒り気味に頼む。そうだよ意地悪!弟も爆発寸前だ。

「皆さん、からかったら可哀相ですよ?」

 常識人の美希さんが苦笑し、済みません、余りの美味しさについ言葉を忘れてしまいました、和菓子屋さんでもここまでの物は食べた事がありません、絶賛してくれた。

「え?そ、そう?」

 褒められ過ぎて、却って困惑してしまう。

「うん。こんな桜餅、アタシ初めて食べたよ」

「体重さえ気にしなかったら、何個でもペロリと食べちゃいそう」

「同感ですリーズさん、きゃっ!?」

 パートナーの頬を人差し指でつつき、太ってもいいんだよ、僕の姫君?エルが悪戯っぽく笑う。

「嫌です。エル様こそきちんと食べて太って下さい」私を見「このままだと誠さんのような虚弱体質になってしまいますよ?」

「大袈裟だな美希は。幾ら何でもそれは」

「子供は親の背中を見て育つ物です」

 止めの一言で射抜かれ、友人はガックリ肩を落とす。

「それは流石に困るな。努力するよ」

「はい、頑張って下さいね。私も微力ながらお手伝い致します。どうぞ」

 ぱくっ、もぐもぐもぐ……ずずっ。

「成程。これは確かに美味しい」「はい」

 ラブラブな雰囲気の中、揶揄の舌打ちが響く。

「宇宙を牛耳る聖王代理も、女の尻に敷かれればただの男か。情けなくてとても見てられんな」

「君も結婚すれば分かるさ。おっと」ニヤッ。「今のは少々要らない世話だったかな?『ショウショウ』だけに、ね」

「な、な!?」

 目を白黒させる彼に、ところで“黒の都”からのプレゼントは何だったんだ?満足気に自作を頬張りつつウィルが尋ねた。

「開けた筈が無いだろう。受け取った途端、お前等に無理矢理引っ張ってこられたんだぞ」

「正確にはお母さんにだけどね」

「プレゼントってさっきの?」「こいつになんて珍しいね。誰からだい?」

 事情を知らない三人に私が説明すると、好奇心で目を爛々と輝かせた。

「へえ、そのラッピングが」

「ああ。こいつ等がどうしても貰ってくれと泣き付いてきたので仕方なくな」

「嘘吐き。僕達誰も泣いてないもーん、べーだ!」

 オリオールが舌を出して否定する。 

「シャーゼさん、ここで開けてみたらどうですか?」

「そうそう。もし要らない物だったら、この場で俺達の誰かに渡せばいいじゃんか」

 持った感じはそれなりに重かったけど、中身は一体何だろう?

「フン。それも一理はあるな」


 シュルシュル……ガサガサッ。「さて、どんな下らな――――おい小晶!!」「は、はい!?」突然名指しされ、肩がビクッ!となる。


 彼は耳朶まで真っ赤に染め、今にもプレゼントを丘の下へ投げ捨てかねない形相で怒鳴った。

「貴様の所の愚民共は一体何を考えている!?人にこんな物を送りつけてきおって!!」

 開かれた包装紙を突き出され、中を皆で覗き込む。二秒後、大爆笑が湧き起こった。


「あっははは!!」「ぷくくく……」「傑作だなこれは!!」

「笑うな!!」

「いいじゃない、気持ちが籠もってて!」「そうですよ!無下にしたら可哀相ですって!」

「人事だと思って貴様等……!!」

「ひーひ!」「皆さん、幾ら何でも笑い過ぎですよ。ふふふ……」


 一人呆気に取られる私の袖を、不思議そうな顔をしたシェニーさんが引く。

「何が可笑しいの?―――プレゼント?これ、湿布でしょ?」鼻を摘む。「何これ、すっごく臭い!」

 ガンッ!拳をシートに叩き付け、いい加減にしろ!!青筋を立てた。

「まあまあ。お、御丁寧に手紙付きだぞ?読んでみろよ」

「断る!こんな巫山戯た物、即刻速達で送り返してやる!」

「そんな……折角怪我を心配して届けてくれたのに」

 私が言うと、五月蝿い!一層態度を硬化させてしまった。と、袋にシェニーさんが手を入れゴソゴソ。

「えーっとね」

「母さん!?人に無断で何を」

 取り出した手紙を両手で広げ、しっかりした口調で朗読し始める。

「―――『聖族政府第七対策委員、シャーゼ・フィクス様。あなたは自らの臀部を犠牲に至宝“黒の燐光”救出に尽力しました。その尊き自己犠牲を讃え、特製湿布一週間分をお送り致します。不死族一同代表 ジュリト・マーキス』だって。凄いね、褒められてるよ」

「始終字が震えっ放しじゃないか!あのサディスト神父め!面白がっている事を隠しもせずぬけぬけと!!」

「わっ!」

 地面へ叩き付けられたプレゼントを、寸前で慌ててキャッチ。

「拾うな!!」

「いやいや、幾ら何でも大人気ないのは君だよ」

 エルが諭すも、彼の怒りは一向に治まる気配が無い。

「これが侮辱以外の何だと言うんだ!?くそっ!」

 試しに一枚抜き取ってみるとツン、薬草の不思議な臭いがした。嗅ぐだけで効果がありそうだ。

「ところでキューキンドロボー。ちゃんと病院行った?」一片も臆さず弟が尋ねる。

「ああ、レントゲン検査は異常無かった」

「?」返事に首を捻る。「そうじゃなくてさ、薬は?こう言う張り薬とか、痛み止めとか貰ってないの?」

「?誰からだ?」

「え?」

 流石にこの返答は誰も予想していなかった。

「ちょっとシャーゼ、まさか君……」エルが額を押さえる。「診察、受けていないのか?」

「大袈裟だな。まだ捻れば多少は痛むが、もう概ね治ったぞ」

 そんな!あれだけ派手に処刑台から落ちて!?しかも不死ならともかく、彼はれっきとした六種だ。有り得ない。


「―――診せて下さい」「は?」


 骨に異常は無くても、化膿や内臓ダメージを受けている可能性がある。事は一刻を争った。

「癒しの奇跡を掛けて、ジュリトさんの湿布を張りましょう。横になって下さい」

「お、おい小晶……?本当に私は平気だ。―――こら!何をするんだ母さん!?」

 だって死神さんの診察の邪魔だもん、背後からシャツを脱がせにかかる彼女はしれっと言う。

「お母さんの言う通りですよ。はい、シートにうつ伏せになって下さい」

「子供じゃあるまいし!止めろ!!」

 女性二人に押さえ付けられて横になり、シャツの半分、ズボンは十数センチ下にずらされた。寒さと羞恥で首の下まで真っ赤だ。唇もキツく噛んでいるし、相当嫌みたい。

「自業自得。まーくんは気にし過ぎだっての」

 燐さんがニヤニヤ笑いながら桜の樹を降り、皆の間で見下ろし始める。


「なるべく早く終わらせますね――――あ、これは……」


 隣にいた夢使いも、私と同じく息を詰める。

「おい、何だ一体?」

「本当に平気なんですか?背中まで酷い青痣が広がっていますよ」

 掌を広げて凡その面積を測る。大体四つ分だ。

「見た目からして重傷っぽいな。ブルーチーズみてえになってるぞ」ウィルが的確な喩えで説明してくれる。「気持悪」

「よく今まで放置してたね。信じられない鈍感さだよ」

 止める間も無かった。呆れ顔のアイザがベチッ!患部を平手で軽く叩く。「がっ!」海老反り。

「ほら、やっぱり痛いんじゃない」

「お前が馬鹿力で叩くからだ、この大女!」

 意識を集中させながら深呼吸。自分の氣を高める。湧き上がる穏やかな温もりを、両手の指先から腰へ流し込む。

「っ……何だ、この温かさは……?」

 シャーゼさんらしい意志の強い氣だ。幸いにも拒まれず、奇跡は三日前の傷を着実に癒す。良かった。本当に怪我は打撲だけのようだ。

「―――はい。終わりました」

「っ!あ、ああ……済まん」

 うとうとしていた彼は、慌てて飛び起きかけた所を又もリーズに止められた。

「今度は何だビトス!?」

「湿布がまだです。もう一度横になって下さい」

「何!おい小晶、見えんがもう治っているんだろう!そんな怪しげな物貼りつけられるか!?」

「でも一応」

「余計な真似をするな!あ!おいこら貴様等!!」

「本人はこう言ってるけどお母さん、勿論貼った方がいいよね?」

 オリオールがわざと可愛らしい仕草で尋ねる。即座に頷くシェニーさん。

「裏切り者!いっ!?」肩甲骨の下に一枚置かれ、冷たさに身を縮める。「お前か詩野!」

「ここまで放置していたフィクスさんが悪いんです。我慢して下さい」

 私達も一枚ずつ取り出す。私はなるべく手で揉んだり、息を吐いて温めたりしたけれど、医者志望のリーズはそのままビリッ!ベチッ!パンパン!!

「こら叩くな!!」

「しっかり貼り付けているだけです。途中で剥がれたりしたら困りますから」

 青みの治まった患部の最下部、お尻のすぐ上へそうっと湿布を乗せた。刺激しないよう縁を押さえて固定。そろそろと手を離そうとした瞬間、右手が勝手に動いた。


 バチンバチン!!「ぎゃあっ!!」「ぎゃははっ!良い気味だな、ええ!?」「燐さん!?止めて下さい!!」


 更なる攻撃を左手で防ぐ。傍目には不思議な光景だけど、やっている本人はかなり必死だ。幸いすぐに右手の自由は戻ったが、力一杯叩かれたダメージは相当なよう。

「ご、ごめんなさい!!えっと……大丈夫、ですか?」

 痙攣する彼に恐る恐る尋ねる。

「小晶」

「はい!」

 こちらへ向いた顔には、紛れも無い憤怒が浮かんでいた。しかし何故かすぐに困惑へと変わる。

「そ、そんな情けない顔をするな!諸悪の根源は貴様の別人格だろうが!!」急に声のトーンを落とし慌てる。「だ、だからその辛気臭い面を止めろ!これではまるで私が虐めているようではないか!!」

「で、でも……」

 私は同居人の暴力を止められなかった。「おいおい、俺はただ親切に貼り付けてただけだぞ?」責任は十二分にある。


 はぁ。「まるで子供だな」


 団長が嘆息しつつ間に割って入る。「燐、謝る気は?」半ば諦め気味に訊く。

「はあ?俺は親切でやってやったんだぞ?」

 予想通りの返答を聞き、頭を反対側へ向ける。

「だそうだ。謝罪はさっきので勘弁してやれ。これ以上責めてもまーくんが困るだけだ」

「私は責めてなど……ああ、くそっ!!」

 ウィルは身体を取り戻した私へ向き直り、やれやれと頭を振った。




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