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十二章 留められた幸福



「おーい!」


 再び花見会場へ戻る途中、林道に聞き慣れた声が響く。振り返ると予想通り、半面青紫の優男。

「ああ、エル。もう俺達以外は集合済みだぞ」

「そうか」聖王代理は胸を撫で下ろす。「こちらの二人も誘ったのかい?」

 舌打ち。「こいつ等に頼まれて仕方なくな。心配は要らん、医師の了解済みだ」引いてない方の手で母親の胸のプレートを指す。

「やあシェニー・フィクス。僕が誰だか分かる?一応何度か家にお邪魔した事はあるけど」

「うーんとね―――あ、仕事虫だ!」

「正解。ジョウンがよく言ってたねそれ。懐かしいな」

 精神を患った原因である父の名が出、息子がギョッ!となる。が、当人はその杞憂ごとケラケラ笑い飛ばした。

 勾配のある丘も、彼女は半ばスキップで登って行く。腕を掴む第七対策委員も大変そうだ。


「あ、来た来た!」


 既に広げられた弁当を囲み、四人は一足先に紙コップでホットコーヒーを啜っていた。さっき詩野さんが運んでいたポットの中身だ。

「お疲れ様です、エル様。どうぞ」

「ありがとう美希」

 コップを受け取りざま、頬にキス。

「昼間からお熱い事で」

 ニヤニヤ笑った義息は、しかし義妹に目線を向けた瞬間、一気に不安げな表情を浮かべた。そうだった、こいつの隠し事も何れは……。

 幾分頬を赤らめた秘書は、労いの言葉を掛けながら中身を注いだカップを俺達に手渡してくれる。

「フィクスさんとお母さんもどうぞ」

「いや、私は」

「ありがとう」

 素直に手を伸ばして受け取り、はい、片方を息子へ渡す。

「あはは、保護者同伴で正解だね」

 さっきより大分顔色の良くなったアイザが笑う。真ん中座れますよ、隣に座るリーズが母子を手招きした。

「チッ!母だけでいい。落ち着かん」

「あ、待って皆。頼んでいたのが丁度来たみたいだ」

 弟が片手を上げ、こっちだよー!下の桜並木へ向けて大声を張る。しばらく後、よっこらせ、三脚とゴツいカメラを担いだ男が登って来た。

「白鳩が全員揃うのは、恐らくこれからも稀だろうからね。一度記念写真を撮っておこうと思って」

「良いアイデアだね」誠が賛同する。

「だろ?じゃあ桜の樹が中央に来る感じで並んで」

「ああ」

 カメラから向かって左端に行こうとした矢先。ちょっと!お兄さんはこっちだよ!!少年に無理矢理袖を引かれたセンターには当然。

「ったく」

「昨日からどうしたんだろうね、オリオール」右隣の天使が小首を傾げる。「ウィルに甘えている、のかな?確かに私、頼りなくていつも気を遣わせてしまうもの」ぺこっ。「ごめんね」

「謝るなよ。別に迷惑じゃないさ」

 それにあれは甘えではなく、ただのお節介だ。

「えへへ」

「気が早えぞ」

 満面の笑みで兄の足元に立ち、レンズに向かってVサインする糞餓鬼に突っ込みを入れる。俺の前に来たリーズが、『はいチーズ』の『はい』ぐらいで出せば大丈夫だよ、とアドバイス。

「何やってるのシャーゼ?こっちこっち!」

「おい母さん!?」

 引き摺られるように誠の横へ対策委員が連れて来られる。途端、オリオールが白い歯をキーッ!と剥き出して斜め後方を威嚇した。

「あっち行ってよキューキンドロボー!」

「私の意志ではないだろう、どう見ても!母さん!小晶と並びたいなら一人で並んでくれ!!」

「やだ!それじゃ意味無いもん」

「何の意味だ何の!?と、とにかく手を放してくれ!!」

 誠の頭越しにうろたえた様子が見えた。

「はいはい。喧嘩は止めた止めた」

 カーディガンを羽織った肩にポン、と手を置き、お母さんの方が身長低いから前ね、ウインクしながら義息が言う。

「うん」

 素直に移動しつつも、しっかり後ろ手では息子を捕らえたまま。オバサン、軽く幼児退行しているせいか結構頑固だな。

「写真撮影するなら昨日の電話で言っておいてよエル。選りにも選って体調崩してる時に」

 斜め前の秘書に頬紅を塗られつつ、左端に立つアイザがボヤく。ほう、見かけ上とは言え、大分血色が良くなった。

「御免。四のメールで聞いてはいたけど、まさかここまで悪いとは思わなくて」

 俺の横、つまり婚約者の真後ろで弟が謝る。

「こんな感じでどうですか?」胸ポケットからコンパクトミラーを取り出し、開けて見せる。

「うん、これなら大丈夫かな。ありがと、詩野さん」

「どういたしまして」

 誠も大概な顔面蒼白振りだが、彼女のは何かが根本的に違う。以前元気溌溂だっただけに、余計に落差が大きく感じる。

(本当に世話の過労だけなのか……?)

 さっき奇跡を掛けた時も、誠は腑に落ちない表情をしていた。大抵の不調なら異種族、アルカツォネの生命力に溢れた彼女だ。すぐに全快する筈。

(それに、四……)

 首だけで後ろを振り返り、風呂敷を解かれた弁当箱を見やった。

 熊みたいな図体のオッサンが朝早くからちまちま握り飯をこしらえたり、卵焼き器を振る光景を想像する。

(あの傷を見れば無理も無いが、そうまでして引き離したいのか……?)

 ケルフのアパートで見た無防備な寝顔を思い出し、胸が切なくなる。娘同然の者が同じ屋根の下、誰にも言えず辛い目に遭っているのだ。父としては台所に立つぐらいしてやりたくもなるだろう。

(ん?そう言えば何処となく……いや、まさかな)

 親子なら尚更、どうして発声障害のフリなんてする?意味が分からない。


「カメラの準備が出来ました!皆さん笑顔で!はいチーズ、で撮りますからね!」


 各々同意し、ピカピカに磨かれたレンズへ顔を向ける。総勢十人、燐も入れれば十一人のグループ。二ヶ月前の俺なら未来視に怯え、決して入れなかったであろう場所だ。

(全部お前のお陰だ―――ありがとう)

 緊張しつつ何とか口角を上げようと四苦八苦する誠は、見つめる俺に全く気付いていないようだ。―――それでいい。こうして傍にいられるだけで、もう充分幸せだった。


「では一枚目行きますよ。皆さん笑って!はい、チーズ!!」パシャッ!





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