十一章 精神病棟にて
一旦皆に別れを告げ、三人で丘を降りる。目の前の林を抜け、中央病院裏手へ。半周して正面玄関に回り、受付で顔見知りのナースさんにシャーゼさんの所在を尋ねた。美希さんの予想通り、今朝も早くからシェニーさんのお見舞いに来ているそうだ。一応病室の番号を訊き直し、私達は外廊下から精神病棟、更にその四階まで階段を昇った。
「下に比べると随分静かだな」
ウィルの呟き通り、三階までの喧騒が嘘のようだ。勿論患者さん達は下の階同様大勢いる。ただ、罹っている病気が重いせいで騒ぐ元気の無い人が多いだけだ。
病室に掛かるプレートの番号を先導する弟が確かめ、不意に立ち止まった。「ここかな?」「うん」
コンコン。「シェニーさん?シャーゼさん、いますか?」
あれ、返事が無いな、と思っていたら、バタバタッ!中から激しい足音が聞こえてきた。
ガラガラバタンッ!!「し、小晶!?何でお前がここに!!?」
三日振りに会ったシャーゼさんは、余り眠れていないのか目の下に隈が出来ていた。突然の訪問に慌てる息子の後ろで「♪♫」半身を起こしたシェニーさんが、御機嫌な様子で鼻歌を奏でている。
「心配してわざわざ来てやった相手にその態度は無いだろ?」団長が諭す。「お前、今日政府館に来るよう姉さん通じて連絡あったよな?」
「あ、ああ……済まん。昨日聞いたがその……忘れてた」ボソッ、と弁解した。
「は?」意外な返答に驚き、友人は無意識に頭を掻く。「ま、まぁ人間、誰しも度忘れの一つや二つあるだろうが……」
「何か渡す物があるそうだな。まさかそのために来たのか?」
「ええ。“黒の都”の皆さんから、シャーゼさんへプレゼントです」
両手で差し出した包装紙を見、随分ファンシーだな、本当に私へか?あからさまに怪しむ。
「本当だよ。ほら、ここ」弟がリボン下のタグを指差す。「ちゃんとシャーゼ・フィクス様へって書いてあるもん」
「お前等も何か貰ったのか?」
「はい。一人一人違いますけれど、どれも心の籠もった贈り物でした」
「そうか……分かった。一応貰っておこう」
恥ずかしげに目を伏せつつも、ちゃんと包みを受け取ってくれた。
「用はそれだけか?なら」
「こんにちは、死神さん」
ガタッ。シェニーさんは寝床を出、裸足のまま無邪気にこちらへ歩み寄ってきた。
「か、母さん!歩けたのか!?」
突然の事態に目を見開く息子を他所に、私の目の前で止まる。
「誘いに来てくれたの?」
「ええ。今、政府館の裏で皆とお花見をしているんです。で、良かったらシャーゼさんもどうかと思って」そう言ってから背後に置かれた靴を指差す。「履いていないと危ないですよ」
「そうね」
素直にベッド脇に戻り、トントン。靴に爪先を入れた後、私は?と尋ねる。
「え?」
「行っちゃ駄目、死神さん?」
泣き出しそうな表情に否、とはとても言えなかった。
「いい、ですよ勿論。でも無断外出はいけません」私達は昨日したばかりだけど。「下にいる先生と看護婦さんに許可を貰ってからです」
「わぁい!行こうシャーゼ」
両側に息子と私の手をしっかり握り、元気にブンブン振って病室出口へ進む。呆気に取られるウィル達に、外はまだ寒い、そこのカーディガンを持って来い、ベッドの上を指差しながら命令した。
階段を軽やかに降りる姿に、本人以外の全員はヒヤヒヤしっ放し。と、不意に手が引かれた。
「仲良し仲良し」
「こら!止めないか母さん!!?」
繋がされかけた私の手を払い除け、胸の前で握り締める。何故か顔が真っ赤だ。
「どうして?」
「どうしてもだ!おいウィルベルク!保護者らしくちゃんと保護しておけ!!」
カーディガンを引っ手繰ってシェニーさんの肩へ掛けた後、友人を指差して怒る。
「手ぇ取ったのはどう見てもお前の母親だっつーの。―――そう睨むなって。はいはい、オリオール」
「何?」
「皆のトコ戻るまで、まーくんのエスコート」
「えー!?自分でやればいいじゃん!兄様もその方がいいでしょ?」
「え?」
確かに今も多少は貧血気味だが、手を引いてもらう程重症ではない、筈。そう言うと、何故か弟は小さな唇を尖らせた。
ナースステーションへ外出許可を取りに行くと、当然皆とても吃驚した。私も彼女が歩くのを見るのは今日が初めてだ。十年以上寝たきりだったのに、案外脚も痛くなさそう。
十分後。胸から提げた許可証を抓み上げ、キャッキャッと子供のように喜ぶ母を横目に、シャーゼさんは何故か一層緊張した表情を浮かべた。




