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和風異世界物語~綴り歌~〈久遠編〉  作者: ここば


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赤い灯の元で

悠真から言霊庫を奪う.その計画が潰えたと理解した瞬間、烏丸の思考は静かに次へと切り替わった。

悠理と奏多は、しばらく悠真の側から動けない。

追跡はされるだろうが、最低でも数日は稼げる。


(その間に華灯の里の《詞鏡》を奪う)


判断に迷いはない。

烏丸は馬を降り、人目を避けるように山道を降り始めた。


次の標的・華灯の里は芸事の街として知られ、観光のため旅人がひっきりなしに訪れる。

人の出入りが多く、潜入は容易。

ただし綴る者・燈子がどう里の防衛を主導しているか定かではないため、油断は出来ない。


(だが、彼女がどれほど備えようと、こちらは一人。しかも人混みに紛れれば探しようがない)


山道の途中、烏丸の足がふと止まった。

前方には、旅人風の三人組が小さな荷馬車を押していた。

父母らしき夫婦と、連れ添う老人。

どこからかの帰り道なのだろう、皆疲れたように見える。


烏丸は一歩踏み出し、静かに声をかけた。


「すみません、この先に宿はありますか?」


振り返った瞬間、烏丸の指先は老人の首筋を正確に掴んでいた。

驚愕の声が上がる前に、空いた手で夫婦の喉を手刀で叩き、意識を奪う。

迷いは一切ない。無駄もない。


三人は数秒のうちに地面へ崩れ落ちた。


「……すまないが君たちの旅は、少し遅れる。」


烏丸は淡々と衣服を剥ぎ取り、一番体格の近い老人の装束を身につけた。

背負子を持ち、旅人風の杖を拾い上げる。

これでただの“疲れた老人”に見えるだろう。

里に入っても怪しまれないはずだ。


烏丸は歩き出した。

まもなく、遠くに赤い灯籠が見えてくる。


華灯の里まで、あと少し。


華灯の里の中心にある、大きな瓦屋根の屋敷。

ここで里を守る話し合いが行われていた。

綴る者である燈子とうこは深呼吸をした。

彼女の表情は穏やかだが、目だけは鋭い。


「宵隠れからの伝達では、敵はたった一人だけれど……非常に厄介だわ。」


「姉さん、やっぱり来るのか?」


心配げに尋ねたのは弟の蓮。

その隣で、妹の玲奈が腕を組んでいる。


「来る。動機は明白よ。《詞鏡》が狙い。敵は必ずこっちの出方を窺うはず。」


その言葉に、家族全員が引き締まった顔になる。


「観光客が多いこの里は狙いやすい。」

燈子は続ける。

「人混みに紛れれば、誰が敵か判別が難しくなるわ。」


「移動させるのも時間が足りないな。」


低い声で言ったのは燈子の兄・篤。

華灯の里の従者は、家族が務めており、彼もまた剣の腕に長けている。


「そう。観光客を移動させるのは時間がかかりすぎるし、かえって混乱する。その混乱の対処中にやられるかもしれない。」


燈子の姉・紗月が、穏やかだが威厳のある声で口を開いた。

「燈子。あなたはどう動くつもり?」


「……外に出ます。」


家族の空気が一瞬固まった。


「姉さんが前に出るのは危険すぎる!」


「そうだ、狙われるぞ!」


妹と弟が同時に声を上げる。


「もちろん“私”が正面に立つつもりはないわ。言霊庫で迎え討つほうが効率がいいし。」

燈子は静かに答えた。

「ただ、“綴る者”が外から入ってくる旅人を遠巻きに観察し、護衛たちに情報を渡すだけ。そして……“綴る者”が外にいるというだけで“囮”になれる。」


篤はその意図を理解し、深く頷いた。


「敵に“綴る者が動いた”と誤解させる、というわけか。」


「そう。里の真ん中を歩くわけじゃない。外周の広場で、普通の観光客に溶け込むように振る舞う。そして綴る者が言霊庫の近くにいないと分かれば、無闇に広場で言霊を発生させないはず。」


紗月が目を細めた。


「その綴る者の役を私がやればいいのね?」


「はい、お願いします。」


姉はそれ以上何も問いたださず、静かに頷いた。


「玲奈、蓮、燈子の護衛はあなたたちが行いなさい。篤は屋敷に残り、万が一のことがあれは、避難経路へ人を誘導するのよ」


「了解!」


「承知!」


準備は整った。


緊張の中、最初の報告が届いた。


「──東門より旅人の一団、入里!」


見張り役の声が響く。


燈子は一度深く息を吸い、袂を整えた。


「行きましょう。」


華灯の里の東門には、赤い紙灯籠が整然と吊られ、昼でも淡く光に包まれている。

烏丸は旅人の歩みを真似、ゆっくりと門をくぐった。


人、人、人。

大道芸、屋台、子どもたちの笑い声。

烏丸はその中に自然に紛れ込み、装束の襟を少し直した。


(……警備が厚い。)


気付いたのは、周囲に散っている視線だ。

里の関係者らしい者たちが、通りに紛れて旅人を観察している。


(さすがだ。事前に“こちらが来る”と知っているだけのことはある。)


だが、それで困ることはない。

烏丸は老人のふりをしながら足を引きずり、時折腰を押さえてみせた。


この程度で自分を見破れるはずがない。


ふと、里の中心部――大きな広場のほうから、しずかなざわめきが起きた。

誰かが通ったのだ。

しかし周囲の人々はそれを不思議がる様子もなく、自然に道をあける。


(……出てきたか。)


烏丸の視界に、一人の女性が映る。


白と薄紅の衣。背筋の通った姿。

周囲を威圧するような強さではなく、場を整えるような落ち着きをまとっている。


彼女は広場の一角で、観光客に混じるように立ち、緩やかに視線を巡らせていた。

その動きは、ごく自然でありながら“見落としがない”。


(なるほど……あれがこの里の綴る者か。)


烏丸は旅人の影に身を合わせながら、綴る者の位置を把握する。


護衛と思しき二人が近くにいる。

だが、斬り込む隙はある。


そして何より――彼女の視線が一瞬、通りのこちら側をかすめた。


その目は烏丸を“まだ”見抜いてはいない。

だが、明らかに警戒している。


「……いいね。」


烏丸は口の端をわずかに上げた。


平和で賑やかな里に、一つだけ異質な影が混じった。

だが気づく者は誰もいない。


烏丸は、燈子に近づく最初の一歩を、ゆっくりと踏み出した。

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