封守の槍
蒼篠の言霊庫は、里の中心より少し奥まった位置にある。
厚い木々に囲まれ、結界の気配が静かに張り詰めている。
影風はそこへ向かいながら、口元を歪めた。
(三カ所で暴ている言霊の暴走で、綴る者どもは足止めされてすぐには戻らん。狙うなら“今”だ)
装束を整え、兵士の歩き方で堂々と歩く。
しかし、言霊庫前に差し掛かった瞬間──
風が止んだ。
そこに立っていたのは、翔綺の従者・沙苑だった。
静かな瞳で影風をまっすぐ見据えている。
「……君1人で、俺を止めようってか?」
影風が嘲るように笑う。
沙苑はわずかに首を横に振った。
「一人ではありません。」
影風が周囲を見る。
次の瞬間、蒼篠の兵士が左右の陰から姿を現し、天響の兵士たちも背後の樹々の間から勢いよく駆け込んできた。
総勢二十人近く。
槍、弓、短剣を構え、影風を完全に包囲する。
「数がいりゃいいってもんじゃねぇんだよ。」
影風の目が獣のように鋭く光った。
沙苑は胸の奥に熱い緊張を押し込み、言霊庫を背に立ったまま動かない。
(翔綺様……透真様、結芽様……
あなた方が戻るまで、私が持ちこたえなければ……!)
「死にたくなきゃどけよ。俺は“詞鏡”が欲しいだけだ」
「渡しません。」
「じゃあ、力ずくだ。」
影風が一歩踏み込むだけで、包囲の空気が爆ぜた。
瞬間、天響の兵士が槍で突く。
影風は身体を滑らせるように回転し、槍を横へ弾いた。
蒼篠の兵士二人が同時に斬りかかる。
影風は地面を蹴り、低い姿勢から跳ね上がる。
刃が閃き、兵士たちの肩口へ赤い線が走った。
悲鳴も上げられない。
影風の動きはまるで“風”そのものだった。
沙苑は迷わない。
影風が着地した瞬間、間髪入れず踏み込んだ。
「はぁっ!」
短槍で一直線に突く。
影風は後退するが──沙苑が一歩押し込む。
(軽い……でも速い!)
影風は短剣を抜き、
キンッ!
金属がぶつかる高い音が響いた。
沙苑の槍を弾き、影風は横から切り払う。
沙苑は体をひねり、紙一重で避けると、逆に柄で影風の顎を狙う。
だが、影風は笑った。
「悪くねぇ。」
影風の膝が沙苑の腹にめり込んだ。
「くっ……!」
沙苑が吹き飛びかけた瞬間、背後から蒼篠兵が庇うように飛び込み、衝撃を受け止める。
「沙苑殿、ここは我らが──」
影風は跳ねるように跳び上がり、兵士たちの頭上を越え、再度中央に着地した。
包囲を乱された形になる。
影風はひとつ息を吐いた。
「邪魔だな、まとめて散れよ。」
地を蹴る。
影風の動きに合わせて兵士達の目が一瞬だけ揺らぎ、その隙に兵士たちの死角に入り込む。
斬撃が走る。
二人、三人と腕や肩に深い傷が刻まれる。
沙苑は腹部の痛みを堪えながら立ち上がった。
(時間を稼ぐんだ……!)
影風の目が沙苑に向く。
「お前が一番厄介だ。先に落とす。」
短剣の切っ先が沙苑に向けて放たれた。
沙苑は槍を握り直し、静かに息を吸った。
「ここは、通しません……!」
影風と沙苑が激突する。
土煙が上がり、刃の軌跡が交差し、周囲の兵士が再び包囲を整える。
影風は苛立ちを滲ませた。
「しつこい!」
「あなたが通れば……皆に危険が及ぶ。それだけは、絶対に……!」
沙苑の動きに迷いはない。
だが、影風の速度は常軌を逸していた。
短剣が閃く。
沙苑の頬に細い傷が走り、血が流れた。
だが沙苑は逆に、自分を囮にして影風に踏み込ませ、兵士二人の槍を交叉させて影風の進路を塞ぐ。
影風は舌打ちをした。
(こいつ……命がけかよ。)
苛立ちが増す。
同時に、焦りもあった。
(早く言霊庫に入りてぇんだよ……!綴る者が戻って来る前に)
影風は短剣を構え直し、再び全身の力で間合いを詰めた。
沙苑も槍を横薙ぎに構え、迎え撃つ。
そのとき。
こちらへ向かってくる三人の姿を目視した。
透真。
翔綺。
結芽。
影風の動きが一瞬だけ止まった。
沙苑はその隙を逃さず、全力で槍を突き込む。
「──通しません!!」
影風は後方へ跳躍し、距離を取った。
その口元に、焦りと笑みが混じった表情が浮かぶ。
「くそ……戻って来やがったか。厄介な奴らがよ……!」
影風が逃げるか、突破を図るか──
その判断が下されるのは、ほんの一瞬後だった。




