表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和風異世界物語~綴り歌~〈久遠編〉  作者: ここば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/132

消えた影と託す問い

結芽と伊吹が言霊を封じ終えたころ、瑞穂の里にはようやく静寂が戻りつつあった。

倒壊した家屋の隙間から夕陽が差し込み、土埃の中を金色の光が漂う。


「言霊庫へ向かうぞ。」

伊吹が短く告げると、結芽も頷いた。

颯真は応急手当を受け、辛うじて意識を保っているという。

兵たちの配置も整い、今動けるのは自分たちしかいない。


二人は小走りに集落の奥へ向かった。

その道すがら、倒れた家屋の影で泣きじゃくる住人や、壁によりかかる兵士たちの姿が目に入る。

結芽は胸を締めつけられるような思いで足を速めた。


やがて言霊庫の黒塗りの屋根が見えてきた。

その周囲は妙に静かで、鳥の声さえ聞こえない。


「……嫌な沈黙だな。」

伊吹が低くつぶやく。


結芽も武器を構えながら、慎重に入り口へ近づく。

扉は半開きだ。

その隙間から冷たい空気が漏れ出している。


「透真……?」

結芽が小声で呼んだが、返事はない。


伊吹がそっと扉を押す。重い軋みが響いた。

中は薄暗く、ひんやりとしていた。

その中央で、見張りの兵が倒れている。


「っ……!」

結芽が駆け寄り脈を確かめる。

「生きてます。気絶させられただけ……!」


伊吹はすぐに奥へ目を走らせた。

次の瞬間、顔が険しくゆがむ。


空になった木棚。

守るべき詞鏡が消えている。


「……やられたか。」


伊吹は唇を噛みしめた。

結芽も同じ場所を見て、言葉を失った。


「そんな……瑞穂の詞鏡まで……」


その時ピュウ、と鋭い風切り音がした。

天井近くの小窓から、小さな影が滑り込んできた。


「使い獣……!」

結芽が受け止めると、封書がついていた。


すぐに伊吹と並んで開封し、中身を確認する。

『言霊庫前で侵入者が逃走。追走中。見失った場合は真澄へ向かう。透真』


「透真……!」

結芽は息をつめ、震える手で封書を握りしめる。


伊吹は深く息を吐き、結芽の肩に手を置いた。

「結芽。お前は真澄へ向かってくれ。透真を追うんだ。」


「……はい。」

結芽の声には迷いがなかった。

天響から真澄へ向かっている援軍の統率も任せると告げると、結芽は力強く頷いた。


「伊吹は……?」


「俺は悠真の里へ戻る。瑞穂が狙われたなら、次は真澄かあそこだ。」


短い会話の中でも、伊吹の眼差しには強固な意志が宿っていた。

結芽はそれ以上何も言わず、深く礼をして駆け出した。


伊吹も反対方向へ走り出す。

瑞穂を離れる風が、ふたりの背に冷たく吹き抜けた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


その頃、遥花と陽路は密林の外れの山道を進んでいた。

茜を連れ去った幽淵の兵を追っていたが、痕跡は途中でぷつりと消えてしまった。


陽路が立ち止まり、苛立たしげに草を払いのけながら馬をひく。

「……完全に見失ったな。あれほどの速度、普通じゃねぇ。」


遥花も馬をひきながら頷く。

「ごめん……私、もっと速度を出せていたら。」


「いや、遥花のせいじゃない。

あの動き……どう考えても、ただの兵の動きじゃなかった。」

陽路は拳を握りしめた。


夕陽が落ち、周囲が薄闇に包まれる。

追跡再開は無理だと判断し、二人は野宿の準備を始めることにした。


乾いた枝を拾い、火を起こし、温かい湯を沸かす。

ようやく落ち着いた頃、遥花は荷の中から紙と筆を取り出した。


「伊吹に……今どこへ向かうべきか、聞いてみるね。」

陽路が頷き、二人は焚き火のそばに並んで座った。


「茜……大丈夫かな。」

遥花がぽつりと呟く。


陽路は少しだけ沈黙したあと、問いかける。

「……遥花は、茜がどうして連れ去られたと思う?」


「わからない。でも……茜は元々、幽淵と縁なんてないよね?」


記憶のない自分は茜の出自も、過去も知らない。

ただ、陽路の表情にはどこか「嫌な予感」を感じているような陰が落ちている。


遥花は湯を飲みながら、小さくつぶやいた。


「……無事だよね。」


「あいつは強いよ。……でも、あの気配は普通じゃなかった。幽淵の兵の目が……妙に冷たかった。」


二人は焚き火の揺れる光を見つめながら、それぞれの不安を胸にしまった。


火が弱まり、夜が深まっていく。

見張りの交代のため、陽路が横になると、遥花はそっと立ち上がった。


歩いて少し離れ、夜風の中で息を吸う。

懐から、小さな笛を取り出した。


――影風にもらった笛。

ひと吹きすれば、使い獣が来るという。


遥花は周囲を確かめ、小さく吹いた。

キィ、と澄んだ音が夜空に吸い込まれる。


すぐに、黒い影が梢をかいくぐって降りてきた。

小さな使い獣が遥花の腕にちょこんと乗る。


「……本当に来るんだ。」


遥花は震える指で封書を取り出し、使い獣の足につける。

封書には、どうしても確かめたい言葉しか書けなかった。


『あなたが天響を襲ったの?

村長を殺害したの?

茜を連れ去ったの?

もしそうなら、なぜ?』


夜風が吹き抜け、火の粉が空へ舞った。

遥花が封書を渡すと、使い獣は一度だけ鳴き、すぐに闇へ消えた。


遥花はその場に立ちすくんだ。

不安、恐怖、疑念――

そして、説明できない胸の痛み。


(……私は、知りたい。あの兵士が何者なのか。茜をどうするつもりなのか。

そして……私と、どんな繋がりがあるのか。)


遥花はゆっくりと焚き火のそばへ戻った。

眠る陽路の横たわる背中が、火に照らされて静かに呼吸している。


遥花は膝を抱えて座り、遠くの星空を見上げた。

その目には、恐れと同時に、見えない真実へ手を伸ばそうとする強い意志が宿っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ