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和風異世界物語~綴り歌~  作者: ここば


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茜の行方

山を抜ける風は冷たく、木々の葉を震わせていた。

遥花と陽路は馬を並べ、天響の里へと急いでいた。

しかしその道のりは、いつもよりも遥かに重く感じられた。


「……長老が亡くなった、なんて。」

陽路が低く呟く。

馬の背に伝うその声には、焦りと戸惑いが混ざっていた。


隣を走る遥花は、まっすぐ前を見据えている。

けれど、その横顔には、どこか言葉にできぬ影が落ちていた。


「茜が……行方不明、なんだよね。」

遥花の声は穏やかだったが、わずかに掠れていた。

「ああ。使い獣の封書には父上が長老を見つけたとき、茜殿の姿はどこにもなかったと記されていた。」

陽路の答えに、遥花は唇を噛んだ。


そんな彼女の様子を見た陽路。

胸の奥に、言葉にならないもやが溜まっている。


茜。

あの明るい少女の笑顔を、陽路は今でも鮮明に思い出せる。

大きな声で笑い、誰よりも真っ直ぐに前を見る瞳。

だが同時に、幼いころから彼女の中にあった影も覚えていた。


茜は“祀る者”になれるほどの詞脈を持って生まれた。

それは決して低い立場ではない。

“綴る者”“祀る者”“祈る者”――この三つの役目は、久遠の里において尊ばれている。

詞脈の強さによってそれぞれの役割が定められるだけで、誰かが誰かより上ということは、本来ない。


けれど、人の心はそんなに単純ではない。

一番大きな詞脈を持つ“綴る者”は言霊を封じ込む力を持つ。

その力の象徴として、遥花は幼いころから注目されていた。

茜も笑って彼女を支えていた。だが陽路は知っていた。

茜の笑顔の奥に、どうしようもない焦りがあったことを。


どうして私は“祀る者”でしかないの。


そんな言葉を、子供のころの茜が夜にぽつりと漏らしたことがある。

その時の泣き笑いの顔を、陽路は忘れられなかった。

また遥花が異界から戻った日も、茜は家から遠ざけた。

現在も遥花に対して尊敬の念はあるものの、ほの暗い感情があるのではないか。


「遥花。」

 陽路は、目の前の現実に思考を戻すように彼女へ声をかけた。

「遥花は……茜殿が関係しているとは、思わないか?」


馬上で遥花がわずかに顔を上げる。

その瞳には、静かな確信が宿っていた。

「ありえない。茜は、そんなことをする人ではないよ。」


迷いのない声。

だが、陽路の胸には別の思いが残る。


遥花が覚えていないから、そう言えるのかもしれない。

茜の心の奥の暗がりを知る自分だからこそ、ほんのわずかな“もしも”が拭いきれない。


沈黙が降りた。

森を抜け、石畳の山道に差しかかる。

遠くで鳥が鳴いた。


風がまた吹いた。

その時だった。


耳に、かすかな金属の音が混じる。

陽路は反射的に馬の手綱を引いた。


「止まれ。」


遥花も即座に反応する。

二人は身構え、音のした方角を見た。

山道の先、木々の陰を六つの影が駆け抜けてくる。

甲冑の鈍い光――幽淵の兵。


数は五……いや、六。

そのうち一騎には二人が乗っていた。

陽路の目が一瞬で細まる。


後ろに乗っている人物の長い髪が、風に揺れてたなびく。


「茜!」

遥花の声が空気を裂いた。

しかし、茜は微動だにしない。

兵の腕に支えられたまま、首が垂れている。意識はないようだった。


陽路が歯を食いしばる。

「……連れ去られたか。」


先頭の兵が声を上げ、他の兵たちが二人を取り囲む。

迷うことなく、殺気が迫る。


陽路は刀を抜き、遥花は腰の鉄扇を開いた。

風が一瞬止まり、空気が張り詰める。


「やるしかない。」

「うん。」


陽路が先に動いた。

地を蹴り、低い姿勢で敵の懐へ飛び込む。

槍の穂先を紙一重で避け、刀を下から跳ね上げる。

甲冑の隙間を斬り裂き、血が飛ぶ。


背後から別の兵が迫る。

陽路は振り返らず、刃を後ろ手に抜く。

金属がぶつかり、力の衝撃が腕に響いた。

すかさず体をひねり、肩口で相手を押し倒す。


一方の遥花は、扇を翻しながら滑るように動いていた。

その所作はまるで舞い。

だが、舞うたびに鋭い金属音が鳴り、敵の攻撃がはじかれていく。


扇の骨が相手の手首を叩き、もう一枚の扇が喉元へと走る。

血飛沫が風に散る。

敵の剣が振り下ろされる前に、彼女は身を低くして潜り込み、相手の膝を打ち抜いた。


息を合わせるように、陽路が前方を、遥花が背後を制圧していく。

敵の数が減るたび、馬上の茜を乗せた兵が遠ざかっていくのが見えた。


「遥花、あいつが茜を――!」

「わかってる!」


彼女は扇を閉じると、手の中で短棒のように握り、駆け出した。

だが残った兵の一人が行く手を遮る。

遥花は止まらない。

すれ違いざまに、扇を広げて相手の視界を奪い、腹へ一撃を入れる。


兵が倒れた瞬間、陽路が最後の一人を斬り伏せた。

荒い息の中で、遠くを見やる。


もう、茜の姿はなかった。


遥花は拳を強く握り、地面を見つめた。

「……また、行ってしまった。」


陽路は刀を納め、口笛を鳴らす。

「天響に知らせる。伊吹殿たちがすぐ動いてくれるだろう。」

やってきた使い獣に封書を結ぶ。


「ありがとう。」

遥花の声は震えていたが、その目は真っ直ぐだった。


「私、茜を追いたい。」

「罠かもしれないぞ。」

「それでも。」


遥花は顔を上げた。

その表情は静かだが、決して揺らがない。


陽路はしばし彼女を見つめた後、息を吐いた。馬の手綱を握り、陽路が頷く。

「行こう。風が止まぬうちに追えば、まだ間に合う。」

「うん。」


二人は再び馬を走らせた。

遠く、昇り始めた陽が森を朱に染める。

その光の中、遥花の鉄扇がきらりと輝いた。


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