表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和風異世界物語~綴り歌~  作者: ここば


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/89

山影に響く報せ

夜の山に、静けさが戻りつつあった。

木々の間を抜ける風が、先ほどまでの戦いの痕跡を撫でていく。


「……よし、これで最後ね。」


遥花が息を吐き、詞鏡に残る光が吸い込まれていった。

封じ終えた言霊は、まるで眠りにつくように静まる。

その様子を見届けた恭弥が頷き、腕を下ろした。


「これでこの山域の封じは完了だ。」


「思ったより多かったな。」

透真が肩を回す。

結芽が詞鏡を覗き込み、眉をひそめた。


「……ねえ、これも久遠の詞じゃないわ。」

恭弥が頷く。

「また“外”から持ち込まれたみたいだな。」


遥花は心当たりの人物を思い浮かべる。

(まさか、影風?)


不穏な気配を感じながらも、一行は一旦の収束を見て安堵の息をついた。

恭弥が詞鏡をまとめ、慎重に包む。


「この詞鏡は俺が預かる。天響の里に戻って報告しよう。」


そう言った矢先、空を裂くような甲高い鳴き声が響いた。

光をまとった小さな使い獣が山の闇を駆け抜け、彼らの足元へと降り立つ。


「使い獣……?」

結芽が慌てて手を伸ばし、そこに落とされた文を拾い上げる。

封蝋には、天響の印。


「伊吹様から……」


皆の視線が集まる中、結芽が封を切った。

文を開いた瞬間、彼女の表情が凍る。


「……長老が、殺された。」


その言葉に、空気が一変した。

恭弥の瞳が鋭く光り、奏多が息を呑む。


「……何だと……?」


結芽の手が震えていた。

続けざまに読み上げる。


「封言庫が襲撃され、詞鏡が盗まれました。……そして、茜殿の姿が消えたと。」


沈黙。

山の空気が、さらに冷たく感じられる。


遥斗の肩が、わずかに震えた。

「茜が……? そんな、馬鹿な……!」


言葉が途切れた。

掌を強く握る。あの優しかった娘の笑顔が脳裏に浮かび、信じられないという表情が滲む。


千紗が小さく声を上げた。

「茜ちゃんがそんな……。」


遥花も唇を噛んで俯いた。

「……無事でいて。」


しかし恭弥の表情は険しいままだった。

「封言庫を襲うなんて、普通の者にできることじゃない。……何かが動き始めてる。」


重い沈黙の中、悠理が一歩前へ出た。

「今、里は混乱しているはず。幽淵の逃走者が紛れ込んでくる可能性も高い。……ここで全員一緒に戻るのではなく、分散し、遭遇したら倒す。」


その声に、全員が顔を上げる。


「三つある裏道を使う。俺と奏多が一つ。遥花と陽路がもう一つ。恭弥と結芽が最後の一つ。……透真、あんたたちは正面から戻ってくれ。」


恭弥が頷き、短く言う。

「了解だ。急ぐぞ。」


それぞれが頷き合い、短い別れの言葉を交わした。

山道を行く足音が、四方へと散っていく。


夜が深まるにつれ、透真・遥斗・千沙の三人は、静かな山道を下っていた。

月光が差し込み、木の影が揺れる。


「……茜。」

遥斗の声は掠れていた。


千沙が歩きながら、そっと言葉を添える。

「茜ちゃん、きっと無事よ……。」


透真が二人の前に出て、穏やかに言った。

「どんな形であれ、今は“救う”ために動こう。疑うより、信じる方が強くなれる。」


遥斗がわずかに顔を上げ、苦笑を浮かべる。

「透真……お前はいつも前を向いてるな。」


だがその直後、透真の表情が一変した。

「……止まれ。」


風の流れが変わった。

冷たい殺気が漂う。

木々の影の向こう、黒ずくめの数人が姿を現した。


「幽淵の兵……!」


剣を抜く音が夜を裂く。

透真が前へ出、刀を構えた。

「……来るぞ!」


次の瞬間、刃と刃が交錯する。

火花が散り、闇を照らした。


千沙も刀を構え、遥斗は槍で敵の動きを封じようとする。


「くっ……! 数が多い!」


「下がるな、踏ん張れ!」

透真の声が響く。


戦場に響く金属音と、風を切る音。

それはまるで、久遠の山が悲鳴を上げているかのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ