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和風異世界物語~綴り歌~  作者: ここば


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それぞれの戦い

山肌を裂くような風が吹いた。

唸るような低い音が、谷の奥から響いてくる。


「下がれ、来るぞ!」

遥斗の叫びと同時に、地が揺れた。黒い靄が地中から湧き上がり、形を成す。

獣にも人にも見える影。だが、その目だけが異様に白く光っていた。


恭弥が刀を抜く。

鞘鳴りの音が、空気を裂いた。

細く長い刃が光を弾く。姿勢は低く、眼鏡の奥の瞳はまっすぐに影を捉えている。

隣で千沙が構えを取る。二人の動きは流れるように呼吸が合っていた。


「左は任せてください。」

「頼む。」


言葉少なく、二人は踏み込んだ。

黒い影が前に躍り出る。千沙の刀が横薙ぎに閃き、恭弥がその隙を縫って突き込む。

刃は確かに手応えを得たが、影は霧のように崩れて再び形を変えた。


「形を持たせるな。断ち切れ!」

恭弥の声と同時に、千沙が逆袈裟に振り下ろす。

刃が空を裂き、影の身体が一瞬だけ輪郭を失った。

その隙に恭弥が詞鏡を掲げ、低く息を吐く。

光ではなく、ただ静寂が走った。

影が震え、灰のように散る。


「一つ、封じた。」


背後で弦の鳴る音がした。

結芽の矢が飛ぶ。矢羽の唸りが風を切り裂き、別の言霊の胸を貫いた。

「恭弥、もう二体右奥に!」

矢筒から次を抜きながら結芽が叫ぶ。


「遥斗さん!」

「分かってる!」


遥斗の槍が地を蹴った。

鋭い踏み込みとともに、長槍が一直線に言霊の中心を貫く。

風圧で土が舞い上がり、影の身体が引き裂かれた。

そこへ恭弥の刀が走る。

白い閃光のような一撃。

そして遥斗が詞鏡を向け封じる。


「これで三つ目……まだ奥に気配がある!」

結芽の声。

四人の呼吸が荒い。汗が額を伝う。

だが誰も止まらない。封じなければ、この山は呑まれる。


そのとき、風が変わった。

遠くから、馬の蹄の音。

砂煙を巻き上げて五つの影が近づいてくる。


「遥花!」

結芽が叫ぶ。

先頭の馬から遥花が飛び降りた。すぐ後ろには陽路、悠理、奏多、透真。

五人の顔には迷いがなかった。


「無事ですか!」

陽路が刀を抜く。

蒼篠で鍛えられた新刀が青い光を反射する。

「すぐに加勢します!」


遥花が短く頷き、言霊の一群へ駆け込む。

彼女の動きに合わせて、悠理が支援の構えを取り、奏多と透真が背を守る。

互いの動きは訓練されたように滑らかだった。


恭弥は一瞬だけ彼らを見て、口角をわずかに上げた。

「いい連携だ……!」


戦場に、金属がぶつかる音が絶え間なく響く。

刀と槍、弓矢が次々に言霊の形を崩していく。

封じの詞が静かに響き、詞鏡を向けるたび、影が一つ、また一つと沈んでいった。


結芽の詞鏡が最後の影を封印した瞬間、恭弥が刀を収める。

「……終わりだ。」

山を覆っていた靄が、ゆっくりと薄らいでいく。

風が静まり、鳥の声が戻った。


遥斗が槍を地に突き、深く息を吐いた。

「ふぅ……全員、無事か。」

「はい。」

遥花が答え、他の者もそれぞれ頷いた。

山の上空に淡い光が差し込み、まるで霧を払うように辺りを照らした。



遥花たちが全ての言霊を封じ終わる少し前。

天響の言霊庫の周囲は、兵たちで埋め尽くされていた。

悠真の里から来た兵たちも加わり、里全体が一つの要塞のような緊張感に包まれている。

門前では交代で見張りが立ち、誰一人として私語をしない。


言霊庫の内部は静まり返っていた。

壁際には無数の詞鏡が並び、淡く光を放っている。

その一つひとつが、過去に封じられた言霊の器。

山の暴走に共鳴し、一枚でもひびが入れば、封が緩み、ここが暴走の中心となるだろう。


祀る者たちは、手を止めることなく詞鏡を扱っていた。

変化がないか、一秒たりとも目を離さない。

中心では、悠真の綴る者・伊吹が報告を受けていた。

「北側の第三鏡、脈動が弱まりつつあります。」

「封が落ち着いた証拠だな。焦らず維持を。」

伊吹の声は落ち着いていたが、瞳は張り詰めている。


一角では、祀る者である遥花の母・たまきが静かに鏡へ触れていた。

隣には妹の茜が膝をつき、慎重に祈りの詞を唱えている。

「姉さん……お父様たち、無事かな。」

「信じましょう。言霊はまだ暴れている。でも、あの子たちが封じているはず。」


祈る者たちの列の中には、陽路の父・いつきの姿もあった。

瞼を閉じ、深い呼吸とともに言霊の乱れを受け止め、静かに沈めていく。

彼の周囲だけ、わずかに空気が穏やかだった。


伊吹はその様子を見て、小さく息をついた。

「……祈りが届いている。」

そして、背後の兵士に指示を飛ばす。

「外周の見張りを交代させろ。封印の安定を確認次第、次の段階へ移る。」

「はっ!」


祀る者、祈る者、兵、綴る者。

誰もが自分の持ち場で、己の力を尽くしていた。

外の山で剣を振るう者がいれば、ここで心を注ぐ者もいる。

すべてが、久遠の心臓・天響を守るために。


静寂の中、詞鏡の光がひときわ強く瞬いた。

伊吹は顔を上げる。

「……封が、ひとつ完全に鎮まった。」

その言葉に、場の空気が少しだけ緩む。

それでも、まだ終わりではない。


外の風がざわめき、波動を感じる。

伊吹の眉が動いた。

「……まだ、いるのか。皆、頼んだぞ。」


天響の地に緊張が走り続けている。

だが誰も怯まなかった。

それぞれの覚悟が、静かに燃えていた。


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