表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/23

帰還①

社殿の最奥、玉座の間。

静謐な広間。柱に吊るされた灯籠が淡い光を揺らし、張りつめた空気のなか、そこには天響の里の長老が鎮座していた。白髪で背はやや曲がっていたが、その瞳の輝きは鋭く、威厳を放っていた。


陽路は片膝をつき、深く頭を垂れる。

「――長老。ご報告いたします。遥花様が……無事にお戻りになられました。」

「おお……。」

長老の目が細まり、遥花に向けられる。その眼差しは慈しみと、同時に重い期待を帯びていた。


「……ですが。」

陽路の声に緊張が宿る。

「おそらく禍ツ者の刺客が里の外にて姿を現しました。彼らの目的は未だ見えませぬが……遥花様を狙ったのは間違いございません」


広間の空気が揺れる。長老はしばし沈黙し、やがて低く言った。

「やはり……動き始めておるか。久遠の均衡が揺らぎかけている……。」


陽路は拳を握りしめ、顔を上げた。

「遥花様は……記憶を失っておられます。しかし、いずれ必ず思い出される。いいえ――思い出していただかねばなりません。その日まで……私が共に支えます。遥花様を、再び道へ導くことをお許しください。」


長老は静かに遥花を見つめる。少女の瞳には不安が揺れていた。だがその隣に立つ陽路の姿は、揺るぎない覚悟を示している。


「……よい。そなたに託そう。」

深い声が広間に響き、決断の重みが落ちた。


広間を出ると、外はすでに宵の帳が落ちていた。灯籠が淡く揺れ、虫の音が響いている。


遥花は隣を歩く陽路に、まだ落ち着かない面持ちで問いかけた。

「……長老に、ああ言ったのは……。」


陽路は一瞬言葉を選ぶように口を閉ざし、やがて真っ直ぐに視線を返した。

「長老に伝えねばならなかったのです。けれど……あれは義務の言葉ではありません。遥花様が綴る者として歩むかどうかに関わらず、私はただ、傍にいてお守りしたい。そのためには、ああ申し上げるほかなかったのです。」


遥花は胸を押さえ、目を伏せる。心にまだ霧がかかっている。だが、陽路の言葉の熱は確かに届いていた。


ふたりはしばし沈黙の中を歩いたのち、陽路が穏やかに言う。

「――そろそろ、お戻りになりましょう。ご家族も、遥花様を案じておられるはずです。お宅まで、お送りいたします。」


遥花は小さく頷いた。

その歩みはまだ頼りなく、しかし確かに“帰る場所”へと向かっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ