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和風異世界物語~綴り歌~  作者: ここば


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裂かれる封、集う時

報せは、風よりも早く山々を駆け抜けた。

久遠の心臓・天響で言霊が暴れ出したと知れ渡るや、各地の綴る者たちは次々に動き始める。


瑞穂の里——。

霧に包まれた棚田の向こう、社の前に一頭の黒馬が嘶いた。

綴る者結芽は、藍の羽織を翻しながら馬に飛び乗る。


「……天響で言霊が暴れている、だなんて。」


結芽の声は風に消えた。

彼女の里・瑞穂は豊穣の象徴の里。

天響に最も近く、そこで言霊が対処出来なければ、瑞穂も無事では済まない可能性がある。


「どうか、間に合って……!」


結芽は馬の腹を蹴り、山道を駆け上がる。

泥が跳ね、風が頬を切る。

遠く、空の彼方に黒い靄が立ち上っているのが見えた。

それは、まるで天を覆う影のようにゆらめいていた。


彼女の目が険しく細まる。

あれは言霊の暴走。


馬の息が荒くなる。

それでも彼女は止まらなかった。

やがて、天響の門が見える。

既に何人もの兵士が出入りし、空気には焦げたような匂いが漂っていた。


「瑞穂の結芽、参りました!」

門番が驚いたように振り返ると、結芽は手綱を引きながら息を整えた。

「恭弥は?」

「封印のため山へ向かわれました!」

「案内を!」


迷いなく命じる声に、兵士たちは即座に道を開いた。

結芽は再び馬を駆り、山の奥へと進む。

途中で、木々の破片が地に散らばっているのが見えた。

胸の奥がざわめく。

この量はただの暴走ではない。

幽淵の影が、確実に背後にある——そう感じた。


その頃、悠真の里からも兵の一団が山道を登っていた。

訓練を終えたばかりの若い兵たちが、鋼のような緊張を帯びて進む。

先頭を行くのは隊長。

「焦るな。封印地は目前だ。天響の指揮下に入るまでは無闇に動くな。」

「はっ!」

その声が響き、彼らは整然と列を組む。

悠真の綴る者、伊吹もいつもの軽口は叩かない。

空気はすでに重く、山鳥の鳴き声すら途絶えていた。


一方その頃——。

白霞が立ち込める早朝、陽路は真澄の里に到着していた。

腰には蒼篠の里で打たれたばかりの新刀が差してある。


外では、馬を引く奏多と透真の姿がある。

遥花と悠理も荷をまとめ、すでに出発の準備を整えていた。

「天響で言霊がいくつも暴走しているって、本当なの?」

遥花の問いに陽路は頷いた。

「あぁ。しかも蒼篠の近くで幽淵の者が動いてた。

天響のことも口にしていたから、敢えて暴走を起こした可能性がある。」

遥花の表情が険しくなる。

胸の奥に、冷たい痛みが走る。

悠理が静かに馬を撫でながら言った。

「今は信じるしかない。俺たちも急ごう。」


五人は馬に跨り、真澄の門を後にする。

その場に残ったのは透真の従者、凛空りく

まだ若いが腕は確かで、透真が全幅の信頼を置く男だ。

「里のこと、頼んだ。」

「お任せください。ご無事で。」

凛空は一礼し、静かに門を閉じた。


馬の蹄が一斉に地を打つ。

霧が裂け、風が頬を叩く。

五人の影が山道を駆け上がるたび、空の色が深く染まっていった。


その頃の天響。

恭弥たちが言霊の群れを相手に奮戦を続けていた。

遥斗の槍が唸り、千沙の刀が光を描く。

結芽が到着したのは、まさにその混乱の最中だった。

「遅れて申し訳ありません!」

結芽の声に恭弥が振り向く。

「結芽か。助かる!」

言葉を終えるより早く、巨大な言霊が唸り声を上げた。

岩肌が揺れ、土煙が舞い上がる。


結芽は弓を引き絞り、息を止めた。

放たれた矢は、言霊の中心を貫き、淡い光を散らす。

その隙に、恭弥は詞鏡を言霊に向ける。

「鎮まりて形を結べ、封ぜよ。」

空気が一瞬止まる。

詞鏡の光と黒い靄が交差し、言霊が崩れ落ちた。


遥斗が短く息を吐く。

「もう一群来るぞ!くそ、キリがないな。」

その叫びと同時に、地鳴りが響く。

黒い霧が再び渦を巻き始めていた。


恭弥は刀を構え、声を低くした。

「各里の綴る者が来るまで、持ちこたえるぞ。」

「了解!」

結芽、千沙、遥斗がそれぞれの位置に散る。

空には、薄く明かりが差してきた。

だが、その光さえ、黒い靄に呑まれ始めている。


そして、天響までの道では五つの影が駆けていた。

陽路、遥花、悠理、奏多、透真。

全員が、ただ馬を走らせ続ける。

一刻も早く、天響へ。

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