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和風異世界物語~綴り歌~  作者: ここば


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不穏の兆し

森は深く、日の光を拒むように沈んでいた。

翔綺と陽路は、洞窟を後にしてしばらく痕跡を追っていた。

湿った土に続く足跡は、やがて岩場へと入り、そこから獣道のような狭い山道に消えていく。


「足跡が薄い。移動が早いな。」

翔綺が低く呟く。

陽路はうなずきながら、周囲の木々を確かめた。

折れた枝、靴底の泥、擦れた岩肌。いずれも十数人が通った形跡を残している。


「こっちだ。」

翔綺が進む方向を示す。

その先、木々の間から人影がかすかに動いた。


ふたりは息を潜め、茂みに身を隠した。

視線の先には、三、四人の男たち。粗末な黒装束に身を包んでいる。

どの顔も険しく、里人ではないことは明らかだった。


「……見たことのない装束だな。」

翔綺が囁く。

陽路は首をかしげながらも、その装束を凝視した。

それは、幽淵の兵達と共にいた密偵の装束だった。


「間違いない。幽淵の者だ。」

陽路は小さい言い放った。

幽淵。篝火の里で対峙した、あの外の国の者。


彼らは木陰に座り、何やら地図のようなものを広げて話している。

風に乗って、断片的に言葉が届いた。


「……天響……今夜には……」

「……封が緩む前に……」

「……“烏丸”の命は絶対だ。」


翔綺と陽路は互いに視線を交わした。

内容の全ては聞き取れないが、確かに“天響の里”の名が出た。


「まさか、天響を……?」

陽路が息を呑む。

翔綺は無言で頷いた。

「この数じゃ偵察か、あるいは先遣。どちらにせよ、放ってはおけない。」


「すぐに戻りましょう。長老へ報告を。」

陽路が立ち上がろうとしたその瞬間――。


カサ、と小枝を踏む音。


二人の視線が同時に動く。

ほんの一瞬の油断だった。

茂みの影から鋭い声が飛んだ。


「誰だ!」


黒装束の一人が素早く振り向き、腰の短剣を抜いた。

他の者たちも一斉に身構える。


「……くそ!」

翔綺が舌打ちし、陽路の肩を押した。

「下がれ、気づかれた!」


だが遅かった。二人の姿はすでに見つかっていた。


数人が森の奥へ駆け、別の二人が回り込むように位置を取る。

陽路は即座に刀を抜き、翔綺の前に出た。


「逃げ道を塞がれる前に片をつける!」

「陽路、無茶は…」


言い終える前に、黒装束の一人が斬りかかってきた。

陽路は刀を返し、その一撃を受け流す。

金属音が森に響き、鳥たちが一斉に飛び立った。


翔綺も地を蹴った。

短剣を抜き放つと、木々の間を縫うように走り出す。

敵の一人が滑るように体をひねって背後へ回る。

反射的に突き出した短剣が、相手の腕を掠めた。鋭い金属音とともに血が飛ぶ。


「陽路!」

呼ばれるより早く、陽路は駆けつけ翔綺の背を守った。

二人の間に立ちはだかるのは、四人。

いずれも鍛えられた動きで、ただの旅人ではない。


翔綺は息を吐き、腰の輪刃を抜いた。円形の刃が木漏れ日の光を反射し、音もなく宙を舞う。

ひとつの影が身をかがめた瞬間、翔綺の薙刀が横薙ぎに走る。

空気を裂く音とともに、黒衣の裾が切り裂かれた。


「退け!」

陽路が叫びながら、木の幹を蹴って敵の背後へ回り込む。

剣を逆手に構え、脇腹を狙って踏み込むが、相手は身を翻してかわした。

すかさず翔綺が前へ出て、短剣で喉元を狙う。敵は咄嗟に腕で防ぎ、火花が散った。


「くっ……しつこい!」

叫んだ男が後退する。

翔綺はわずかに体勢を崩したが、すぐに体を回転させ、薙刀の石突で相手の膝を突いた。

鈍い音。男が崩れ落ちる。


「陽路、右!」

声に反応し、陽路がすれ違いざまに斬りつけた。

刃が袖を裂き、敵が後退する。

翔綺の動きは鋭く、的確だった。


「お前たちは…幽淵の者だな?」

陽路が問いかけると、黒衣の一人が鼻で笑った。

「知る必要はない。今はお前らごときの相手をしに来たのではない。」


翔綺の瞳がわずかに細められる。

「目的は何だ?」


その隙を突いて、一人が背後から翔綺へ跳びかかった。

だが、翔綺は背を低くして体を半回転させ、輪刃を逆手に構える。

回転する刃が敵の肩を切り裂き、黒衣が悲鳴を上げて倒れた。


「もう一歩でも踏み出せば、容赦はしない。」

低く告げる翔綺。その声音は静かだが、確かな殺気を帯びていた。


残る二人は互いに目配せを交わすと、森の奥へ散った。

陽路が追おうとするが、翔綺が手で制した。

「罠かもしれない。今は戻ろう。」


陽路は歯を食いしばる。

「でも。」

「今、長老と天響に知らせる方が先だ。」


強い口調に、陽路はわずかに目を伏せ、頷いた。


翔綺は走りながら、ふと息を吐いた。

「……幽淵の者たちが、なぜ天響を。心当たりは?」

陽路は首を振る。

「分からない。篝火の里でも、幽淵の者が突破しようとすることが多かった。

あいつらが天響を狙ってるのは確かだ。」


沈黙が落ちる。

昼の太陽の下、翔綺の短剣の刃がわずかに光った。

「……嫌な気配がする。これまでの小さな動きとは違う。誰かが、何かを仕掛けている。」


その言葉に、陽路は唇を引き結んだ。

二人の足音は、再び静寂の森に溶けていった。



その風には、鉄と土と、かすかな血の匂いが混じっていた。


静かな里を包む空気が、確かに変わり始めている。

陽路は刀を握る手に力を込めた。

この不穏な動きの先に、何が待つのか――それを知るには、もう後戻りはできなかった。

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