天響の里②
高い城壁の門をくぐると、天響の里の景色が広がった。
石畳の道の両脇に家々が並び、中央には大きな広場、その奥に荘厳な社殿がそびえている。社殿の上空には、淡く輝く光の帯が漂っていた。それは言霊の力が祈りによって天へ還る証――天響の里だけに見られる現象だった。
遥花がその光景に目を奪われていると、声がかかった。
「陽路!」
駆け寄ってきたのは、落ち着いた雰囲気を纏う女性。陽路とよく似た面差しを持ち、しかしその瞳には柔らかな慈愛が宿っている。
「母上……」
「遅かったじゃない。――何かあったの?」
彼女の視線が遥花に向けられた。瞬間、目が大きく見開かれる。
「……遥花様」
震えるような声に、遥花は戸惑いを隠せなかった。
「私を……知っているんですか?」
遥花が問うと、陽路の母は一瞬言葉を失った。
その瞳に走ったとまどいを、遥花も陽路も見逃さなかった。
「……まさか、覚えておられないのですか?」
「……はい。ごめんなさい。私、何も……」
遥花が言いよどむと、母はすぐに表情を和らげ、深く首を振った。
「謝ることではありません。……ええ、かつて私は貴女の従者でございました。今は、里に残る務めを果たしておりますが……こうしてまたお目にかかれるとは……」
膝を折る母の姿に、遥花は胸の奥がざわつくのを感じた。自分は覚えていない。けれど、この人の想いの深さだけは、はっきりと伝わってくる。
「母上。まずは長老のもとへ向かいましょう」
陽路の言葉にうなずき、三人は社殿の奥へと進んだ。