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和風異世界物語~綴り歌~  作者: ここば


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火と風のあいだに

鍛冶場の熱気の中で、少年――翔綺が悠理に引きはがされたその直後。

炎の向こうから、トン、と軽やかな足音が近づいてきた。


鉄を打ちつける音が止み、炉の赤い光の中に、ひとりの女性が姿を現す。

黒髪を布でまとめ、鍛冶の煙に燻された瞳は琥珀のように深い。

その眼差しには、火を扱う者の強さと静けさが宿っていた。


「……翔綺。また、ご迷惑をかけたのね。」

低く落ち着いた声が響く。


「えー? だって久しぶりだったんだもん。はるかに会うの、ずっと前ぶりで――」

「言い訳は後にしなさい。」

ピシッとした一言で、翔綺は口をつぐんだ。


女性は遥花たちの方へ歩み寄り、汗を拭いながら深く頭を下げる。

「弟が失礼をしました。私は蒼篠の鍛冶師、篠音しのねと申します。翔綺の姉です。」


その丁寧な一礼に、遥花は思わず背筋を伸ばした。

沙苑が一歩前に出て事情を説明する。


「実は……こちらの従者、陽路殿の刀が損じまして。里の噂を聞き、鍛冶をお願いできればと。」


篠音は静かに頷くと、陽路の腰の鞘に視線をやった。刃の欠けを確かめるように、細い指が軽く触れる。


「なるほど。いい刀ですね。……この刀、私に打たせていただけませんか?」


その言葉に、翔綺が思いきり眉をひそめた。

「えぇ!? 姉様がこんなヒヨッコのために作るなんて、勿体ないでしょ!」

「翔綺。」

篠音が名を呼ぶと、空気が一瞬にして静まった。

「あなたも見たでしょう。この刃の折れ方から、打つ者を選ぶのは明白です。」


「う……でも、でもさ……!」

翔綺は唇を尖らせて反論しかけたが、篠音の穏やかな微笑みに負けたように視線をそらす。

「……ちぇっ。仕方ないな。姉様がそう言うなら。」


炎が揺らめく鍛冶場の中、篠音の火が、新たな刃の鼓動を宿し始めていた。


それからの日々、蒼篠の里には金属を打つ音が絶えなかった。

篠音は昼夜を問わず鍛冶場に立ち、陽路の刀を打ち直すための準備を進めていた。


陽路と奏多は毎日のように鍛冶場へ足を運んだ。

手伝うことはできなくとも、せめて様子を見届けたいという思いからだ。

翔綺は最初こそ「見学ならジャマすんなよ」とぶっきらぼうに言っていたが、陽路が真剣に作業を見つめる姿に、次第にその態度も和らいでいく。


一方その頃、悠理と遥花は里の手伝いを任されていた。

竹を加工して器を作ったり、薬草を選別したり、森に息づく小さな営みに触れるうち、遥花の心もどこか穏やかになっていった。

悠理は黙々と作業をこなしながらも、時折遥花を見守るような眼差しを向ける。

彼の静けさは、戦闘時とは対照的な優しさを持っていた。


日が暮れると、森の風が鍛冶場を抜けていく。

火花の中で、篠音が槌を振るう姿は、優雅で美しかった。

その凛とした背に、奏多はいつしか目を奪われていた。


力強くも、どこか儚げな横顔。

火の粉が頬を照らすたび、その瞳の奥に宿る真剣さが胸を打つ。


あの人は、火と共に在る人。

見つめることも、触れることも、恐れずに受け止めている。


奏多は自分でも理由がわからないまま、篠音の手元に視線を落とす時間が増えていった。

炉の光が彼の瞳にも映り、静かに熱を帯びていく。


その傍らで、翔綺はそんな奏多の様子に気づいていた。

ニヤリと笑いながら、肩をつつく。


「おいおい、見すぎじゃない? 姉様は簡単に落とせないよ?」


その軽口に奏多は一瞬で赤くなり、慌てて目をそらした。

「な、なに言ってるんだ……!」


「ふふん。まぁ、わかるけどね。姉様、火より綺麗だから。」


翔綺は悪戯っぽく笑いながら、再び炉の前へ戻っていった。

炎の中に浮かぶその背中は、無邪気な笑顔の裏に確かな力を宿している。

まさしく蒼篠の“火”を受け継ぐ者の姿だった。


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