蒼篠の綴る者
森の奥へと進むにつれ、風の音が変わっていった。
木々が揺れ、かすかな鈴のような音を立てている――その音に混じって、別の響きが聞こえてくる。
――カァン、カァン。
鉄を打つ音だ。
近づくにつれ、森の涼やかな空気が次第に熱を帯びていく。
森の奥にひっそりと構えられた鍛冶場は、里の静けさとは対照的に、炎の息づかいで満たされていた。
炉の赤い光がゆらめき、壁に吊るされた金具や刃物がその光を反射して鈍く光る。
火花が散るたび、木の影が一瞬だけ金色に染まり――そのたびに、森の風が音を鳴らして応えるようだった。
「すご……こんなところで毎日やってるの?」
陽路が思わず声を上げた。
「ここが、蒼篠の“音”を生む場所だ。」
悠理が淡々と答える。
その声音には、かつて何度かこの場所を訪れたことのある者の落ち着きがあった。
近くの職人に声をかけると、鍛冶の音に負けないような声で返ってきた。
「翔綺様なら、あそこです!」
指さされた先には、炎の向こうでひときわ鮮やかに動く影があった。
遥花たちは熱風をかき分けるようにして近づく。
そこにいたのは、遥花より少し年上に見える女性だった。
黒髪を後ろでまとめ布を巻き、額に汗を浮かべながら、力強く鉄を打ちつけている。
その姿はまるで踊るように情熱的に、鋭い音が空気を震わせていた。
思わず見惚れたその瞬間――
「――はるかぁ〜っ!!!」
唐突に子どもの声が響き、熱気の中から小さな影が飛び出してきた。
気づく間もなく、遥花の胸に勢いよく飛び込む。
「うわっ……!?」
抱きついてきたのは、まだ幼さの残る少年。
煤で汚れた頬のまま、満面の笑みを浮かべている。
「はるか〜、久しぶりっ! 会いたかったよー!」
腕を絡め、甘えるように頬をすり寄せてくる。
あまりの馴れ馴れしさに、遥花は完全に固まった。
陽路と奏多はぽかんと口を開け、互いに視線を交わす。
「……誰?」「え、知り合い?」
遥花は慌てて少年の肩を押そうとするが、びくともしない。
少年はそのまま彼女の胸の中に顔を埋めて、嬉しそうに笑った。
「ん〜やっぱりはるかの匂いだ〜。懐かしいなぁ。」
「お、おい!離れろ!」
陽路が一歩前に出ようとした瞬間、少年がふっと顔を上げた。
そして、陽路と奏多を見やり――
ニヤリと笑う。
「へぇ、新しい従者さん? なるほどねぇ……」
その挑発的な目線に、陽路と奏多の額に青筋が浮かぶ。
「おまえ……!」と声を荒げかけたそのとき、
「やめておけ。」
悠理が間に入った。
軽く手を伸ばし、遥花から少年をひょいと引きはがす。
「相変わらずだな、翔綺。」
悠理の言葉に翔綺は少し不満そうに唇を尖らせたが、すぐに笑みを戻した。
「あれ、悠理も来てたの? なーんだ、いたなら先に声かけてよ。」
悠理は肩をすくめる。
その表情には呆れと、少しの懐かしさが入り混じっていた。
蒼篠の綴る者、翔綺。
その無邪気な笑顔の奥に、いくつもの武器を軽やかに操る、確かな才気が光っていた。




