天響の里①
荒い息を整えながら、陽路は慎重に周囲を見渡した。敵の気配は、もう感じられない。
土に散った枯葉が、風に揺れただけだった。
「……行きましょう。ここに留まっていては危険です。」
声には安堵と同時に、張り詰めた緊張が残っていた。遥花は黙ってうなずき、陽路の背に寄り添うように歩き出す。
木立を抜けると、やがて遠くに高い城壁が見えてきた。城壁の内側から、鐘の音が微かに響いてくる。
そこが――久遠の中心、天響の里だった。
遥花は立ち止まり、じっと城壁を見上げる。懐かしいのか、初めて見るのか、自分でもわからない不思議な感覚が胸を占める。
「ここが……。」
「はい。この国の中心ともいえる場所です。」
陽路は短く答えながらも、心中では別の思いに揺れていた。
先ほど、敵の刃が遥花に届きかけた。あと一歩遅れていたら――。
その不安が、胸の奥に影のように沈み続けている。
「……本当に、私がここにいていいの?」
遥花の小さな声。
陽路ははっとして振り返る。
「……無論です。貴女は綴る者として、この国に必要な方。そのお戻りを、ずっと皆が待ち望んでいたのです。」
「……私には、よくわからない。記憶もないし……。」
「……思い出せなくても構いません。今の貴女の隣に、私がいますから。」
陽路は深く頭を垂れた。声は硬く、それでいて震えていた。
――守りきれなかったかもしれない。
その恐怖が、言葉を強くしていた。
遥花はただ、俯いて拳を握りしめるしかなかった。