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和風異世界物語~綴り歌~  作者: ここば


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制する二人

北の石垣の外れ――月光が鈍く石畳を照らす。

黒い影の鎖を纏った言霊が唸り声をあげ、冷たい風が篝火を揺らした。


「さて、逃がさぬぞ。」

煌志は刀を抜き、重心を低く構える。

鎖が唸りを上げて襲いかかるが、煌志は体をひらりと半身にしてかわし、刃で影を払った。

火花のような火屑が散る。

一歩、また一歩と間合いを詰め、刃は黒い鎖を次々と断ち切った。


言霊が一瞬たじろぐ。

煌志はその隙に踏み込み、斜め一閃。

核を支える影が裂け、言霊は不安定に揺らいだ。

だが完全には消えない。

低く脈打つような唸りが、なお辺りを満たしている。


「ここまでだ。」

煌志は刀を素早く鞘に収め、腰の袋から 詞鏡 を取り出した。

手のひらに意識を集中させ、指先に詞脈が淡く灯る。

鎖を失い暴れ狂う影が再び迫るが、煌志は一歩も退かず、右手を前へかざした。


掌に集めた詞脈が、詞鏡へと薄光を伝わせる。

口を開き、古の調べを短く紡いだ。

「静まりて、言の葉よ鎮め――封ぜよ。」


詞鏡が白く光り、風が吸い込まれるように言霊を呑み込む。

黒い影は裂けるような音を立て、霧となって詞鏡の内へ吸い込まれた。

一瞬の静寂。

詞鏡に淡い亀裂が走るが、すぐに消え、微かな温もりだけが残った。


煌志はゆっくりと息を吐き、詞鏡を袖にしまった。

「封印、完了。」

短い言葉に、背後の兵たちは安堵の息をもらした。


「ここは片付いた。」

煌志は振り返らずに告げ、月明かりの中、再び前へと歩み出した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


北の防壁へ続く石畳は、戦場の轟きで震えていた。

悠理は駆けながら息を整え、弓を握る指先に意識を集中する。

耳の奥で低く唸る音――暴走した言霊の気配が、確かに脈を打っていた。


木立の切れ目に、異様な影が揺れる。

濃い霧のようでいて、刃のような鋭さを持つ黒い風が、柵をひと息で崩していく。

石が砕けるたび、白く冷たい粉塵が舞い上がった。


「悠理、そっちは任せた!」

煌志の声が遠くで響く。


悠理は短く返事をし、足を止めた。

右手の弓を胸の高さで構え、矢に詞脈を通す。

胸の奥から言葉を吐き出すように、息が白く揺れた。


言霊は形を変えながら迫ってくる。

竜巻に似たうねり。

まとわりつく怨嗟の気配が、空気をじりじりと焼く。

皮膚を刺す冷たさに、思わず奥歯を噛みしめた。


「――ここで止める。」


弓弦を引き切った瞬間、静寂が張りつめる。

次いで弦がはじけ、矢が鋭い光を纏って一直線に走った。

矢先が影を裂いた瞬間、霧の奥から金切り声のような震動がほとばしる。

地を這う黒が一拍遅れて軋み、苦痛にのたうった。


悠理は間を与えず、次の矢をつがえる。

足元に砕けた石が散り、背後で兵の叫びが交錯する。

だが耳には届かない。

視界はただ、揺らめく言霊だけを映していた。


二の矢が放たれ、影の中心を貫いた。

裂けた霧から、微かに赤い火花が散る。

その瞬間、悠理は左手に詞鏡を掲げた。

薄い紙片が月光を受けて淡く光り、鏡面の符が脈打つ。


掌に温度が集まる。

詞脈が脈動し、指先から青白い光が滲んだ。

悠理は息をひとつ整え、確かな響きを言葉に変えた。


「――封ぜよ。」


短く、しかし重く。

その一言が空気を裂き、詞鏡から柔らかな光が溢れる。

影が息を呑んだように動きを止めた。

光が糸のように広がり、霧を包み込む。


言霊は抗うようにのたうつが、光の網は一層強く、確かに締め付けていく。

やがて白い閃光が夜を照らし、影は細かな欠片へとほどけた。

しゅう、と湿った音を最後に、すべてが詞鏡の内へ吸い込まれていった。


静寂が戻る。

月の光が廃祠の石段を淡く照らし、風が微かに葉を揺らした。


悠理はゆっくりと弓を下ろし、掌に残る熱を確かめる。

詞鏡は淡い青光を宿し、鼓動のように脈を打っている。

封印は成功した――だが、その震えには、暴れ狂った言葉の余韻がまだわずかに息づいていた。


「終わったか、悠理!」

煌志が駆け寄り、背後から声をかける。


悠理は息を吐きながら頷いた。

「……封じました。これでひとまずは。」


その瞳は、夜の静けさを映しながらも、なお消えぬ緊張の色を残していた。

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