侵入者
館の扉が乱暴に開かれた。
「報告! 北の防壁――侵入者あり! 加えて、言霊の暴走が確認されました!」
一瞬で空気が張り詰める。
煌志の瞳が鋭く光り、即座に立ち上がった。
「よし、迎え撃つ! 朔人はここに残り中心で指揮を!悠理、遥花、陽路ついて来い!」
彼の声に呼応するように、陽路と悠理も立ち上がる。遥花も緊張に喉を詰まらせながら、必死に頷いた。
駆けつけた先では、すでに火急の混乱が広がっていた。
闇に溶けるような影の集団――幽淵の者たちが、里の兵を蹴散らしている。
そして、その影の中から溢れるように、複数の言霊が暴れ、周囲の木々や石畳を軋ませている。
形も性質も異なり、それぞれが勝手に荒れ狂い、まるで大地ごと裂かんとするかのようだった。
「くっ……! 二重の襲撃か!」
陽路が歯を食いしばる。
「陽路、奏多は敵を押さえろ! 言霊は俺たちで分ける!」
煌志の号令が落ちるより早く、各々が走った。
煌志が一歩前に進み、烈火のような声を上げた。
「怯むな! 篝火の炎を絶やすな! 我が背に続け!」
その圧倒的な声に、周囲の兵たちの士気が一気に引き上がる。
闇に溶けるような装束の影達が、低く笑って刃を突き出す。刃文には黒い紋が這っていた。
「足引っ張るなよ!」
奏多が一足で踏み込み、肘で刃を弾き、胴斬りで即座に倒した。
「任せろ!」
陽路はもう一人の側面へ回り、浅い呼吸のまま間合いをずらして受け流す。肩口に火花、痺れる腕。それでも退かない。
「まだだ!」
暗がりから弩の弦が鳴った。
「伏せろ、陽路!」
奏多が身を割り込ませ、刃で矢を叩き落とす。同時に陽路が踏み込み、柄頭で敵の手首を砕き、体当たりで地に縫い付けた。
「一人!」
「いくぞ!」
短い合図だけで、二人の動きが噛み合い始める。苛立ちの声も嘲りもない。ただ必要な声だけが飛ぶ。
「下がれ!」
奏多が低く叫ぶや、刃先で敵の足を払う。
陽路はその隙に踏み込み、逆袈裟の一閃を浴びせた。
金属が裂けるような音――敵が仰け反り、乾いた土煙が舞い上がる。
「右後ろ!」
奏多の声が響く。陽路は反射で身をひねり、背後から迫る短刀を刀で弾いた。
火花が夜闇を散らし、相手の体勢がわずかに崩れる。
迷いなく踏み込んだ陽路の膝蹴りが鳩尾に突き刺さった。
鈍い息が漏れ、影がぐらりと揺らぐ。
奏多は続く一撃を畳みかけた。
刃を閃かせ、敵の武器を絡め取るようにして力任せに弾き飛ばす。
「これで――!」
敵がたまらず後退した瞬間、陽路が左から斬り払い、地面に膝をつかせた。
闇に残るは荒い呼吸だけ。
二人は互いの背をわずかに合わせ、周囲を探る。
耳に届くのは、しんとした虫の声と、遠くの焔のはぜる音。
「……終わったか。」
陽路が短く息を吐いた。
奏多は返す刀を軽く振って血を払う。
「まだ油断するな。別の足音が――」
言葉を切ったまま、夜を切り裂く風を読む。
しかし、静寂だけが戻ってきた。
二人は目を合わせ、無言のままうなずく。
鍔鳴りがわずかに響き、刀身に映る月明かりが静かに震えた。




