篝火の綴る者
「――それで、ここで俺は、この小隊に加わって鍛錬を積んでいたんだ。」
遥花と悠理にそう説明しながら、陽路は自分の隊の仲間たちを手招きした。
「こいつらが一緒に戦ってきた仲間だ。」
一歩前に出たのは、烈真と隼人。
烈真は長身で落ち着いた雰囲気を漂わせ、無口ながらどこか頼もしさがある。
隼人は対照的に快活で、少し人懐こい笑みを浮かべて遥花に会釈した。
その後ろから一歩遅れて現れたのが奏多だった。
彼は無言のまま、じろりと遥花を見てから、視線をそらす。
悠理が一瞬、冷ややかな眼差しを向けたが、陽路が間に立って軽く咳払いをした。
「……まあ、ちょっと口が悪いけど、腕は確かなんだ。」
「……余計なこと言うなよ。」
奏多が小さくぼやき、他の仲間が苦笑する。
遥花はそのやり取りを見て、小さく微笑んだ。
紹介が終わると、陽路は表情を引き締めた。
「それじゃ、長老と、この里の綴る者様へ挨拶に行きましょう。二人を連れていくように言われています。」
陽路に案内され、遥花たちは篝火の里の奥へと進んだ。
石畳の道を抜けると、深紅に染められた大きな鳥居が月明かりに浮かび上がる。
その先には、長く続く回廊と、焔を模した灯籠が連なる広い庭。
里を包む静けさに、焚かれた篝火のぱちぱちと爆ぜる音だけが響いていた。
「こちらです。」
陽路の言葉に従い、彼らは広間へ。
障子がすっと開くと、ほのかな檜の香りが流れ込み、奥に座す二人の人物が現れた。
一人は、白髪を肩まで伸ばした穏やかな老翁――篝火の長老。
年輪を刻んだ顔に、燃える火のような澄んだ瞳が宿る。
その隣には、陽に焼けた肌と鍛え抜かれた体を持つ男――篝火の綴る者、煌志。
朱の羽織を纏い、背筋をすっと伸ばしたまま、闇を払うような大きな声で出迎えた。
一歩下がった位置には、従者の朔人が控えている。
「天響よりの客人、よくぞ来てくれた。」
長老が柔らかな声で告げると、焔の明かりがその皺を淡く照らした。
遥花は緊張を胸に、深く頭を下げる。
「お初にお目にかかります。天響の綴る者、遥花と申します。」
「悠理と申します。」
「篝火の綴る者、煌志だ。久しいな。」
煌志は朗々とした声で名乗り、豪放な笑みを浮かべる。
その瞳には、戦場を知る者の厳しさと、人を温める炎のような気迫が同居していた。
「遠路ご苦労だったな。華灯の里からの報せは受けている。
最近は幽淵の者が久遠への侵入を試みることが増えておる。奴らはこれまで影に潜み、狭間を渡る程度だった。だが、最近は群れを成し、前線を突破せんとする動きが増えている。篝火は久遠の入り口にあたる。つまり、真っ先に奴らの牙を受けるのだ。」
陽路が拳を握りしめる。
「だから、小競り合いが絶えないんですね……。」
「そうだ。」煌志は力強く頷く。
「表立った戦にならぬよう抑えてはいるが、実際は紙一重だ。だからこそ、鍛えねばならぬ。強く、そして迷わぬ心を持つ者でなくては、この火は守れぬ。」
煌志の視線が遥花に注がれる。
その眼差しには、再会の懐かしさよりも、今を確かめるような静かな強さが宿っている。
彼女は真っ直ぐ見返し、小さく息をのんだ。
(……ここが、久遠を守る最前線……。私も、覚悟を持たなきゃ。)
悠理は表情を変えず、ただ静かにその言葉を受け止めている。
「颯牙が紫苑を連れて逃げた影響もあってか、奴らも勢いづいているようだ。」
煌志の声がわずかに低くなる。
篝火の里も、ただならぬ緊張の渦中にあることが伝わってくる。
「せっかく来てくれたのだ。君たちの力を借りたい。
こちらで相手をすることで、颯牙が幽淵で言霊を集めやすくなるだろう。
どうか、しばし篝火の守りを手伝ってほしい。」
煌志の真剣な眼差しが、遥花と悠理を順に射抜いた。
遥花は自然と背筋を伸ばし、ゆっくりとうなずく。
「微力ながら、お力添えいたします。」
「俺も同じく。」悠理も短く答える。
煌志の口元に、満足げな笑みが浮かんだ。
「頼もしい。篝火の里は、君たちを歓迎する。」
篝火の焔が、夜風に揺れながら彼らの影を長く伸ばした。
その温もりの奥に、これから始まる戦いの予感が静かに息づいていた。




