陽路と奏多
翌朝。
訓練の場で、奏多はいつも通り冷静に指示を飛ばしていた。
しかし、その横で陽路が真剣に耳を傾け、吸収しようと必死に動いていることに、彼はふと気づく。
(……こいつ、前は口答えしたり、素直じゃなかったのに。
俺の言葉を一つも聞き逃すまいとしてやがる。)
それを口に出すことはない。
ただ、以前のように「足を引っ張るな」と突き放すような言葉は、奏多の口から出なくなっていた。
数日後、前線での小競り合い。
陽路はまだ動きに拙さがあるものの、以前のように無闇に突っ込まず、隊列を崩さぬよう注意深く立ち回る。
奏多の指示に従い、仲間と連携を取ろうとする姿勢が見え始めていた。
「……やればできるじゃねぇか。」
思わず小さく呟いた言葉を、陽路は聞き取れなかった。
だが、陽路が一瞬だけ笑みを浮かべ、再び前を向いたのを見て、奏多は胸の奥が少し温かくなるのを感じた。
さらに数日後の夜。
見張りの番を交代する時、奏多は陽路に短く声をかけた。
「……今日の立ち回り、悪くなかった。」
ほんの一言。
それでも、陽路は目を見開いて笑顔を見せた。
「ありがとう、奏多。」
その屈託のない反応に、奏多は思わず目を逸らす。
(調子に乗るなよ……。でも――)
心の中で続いた言葉は、もう否定ではなくなっていた。。
翌朝。
朝の空気はひやりと澄み、出立の準備をする兵の声が辺りに響く。
陽路は鎧の紐をぎこちなく結ぼうとして、手間取っていた。
「……おい、見てらんねぇ。」
いつもの刺々しい声。奏多が近づき、手早く紐を締めてやる。
「ほら、こうやって交差させてから引け。そんなのもできねぇでどうする。」
陽路は驚いたように目を瞬かせる。
「……ありがとう。」
「勘違いすんな。俺が見てられなかっただけだ。」
奏多はぶっきらぼうに言い捨てて背を向ける。
けれど、去り際に一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、その目にかすかな柔らかさが宿っていた。
陽路は気づいたのか気づかなかったのか、ただまっすぐに「今日も頑張ろう」と言葉をかける。
奏多は答えなかった。
ただ、歩み去る足取りは、昨日までよりもわずかに軽かった。
こうして日を重ねるごとに、互いの間に張りつめていた棘は少しずつ薄れていた。
奏多は、陽路が弱いままではないと知り。
陽路は、奏多がただ冷たいだけの人間ではないと感じ始める。
まだ素直に「仲間」と呼び合う関係ではない。
それでも、戦場で背を預けることに、わずかなためらいが消え始めていた。




