奏多の独白
篝火の里での日々は、戦いと訓練の繰り返しだった。
陽路は最初、敵の刃を受け止めるだけで精一杯だった。剣を握る手は震え、仲間の声に反応する余裕もない。
だが――。
「右だ!」
奏多の声に即座に反応し、振り返りざまに剣を構え、迫る影を受け止める。
まだ拙い動きだが、確かに以前より速かった。
「……偶然だろ」
奏多は鼻で笑い、視線を逸らす。
翌日。
伏兵を察知しきれず、陽路は危うく背を取られかける。
しかし寸前で踏み込みを変え、敵をいなした。
その立ち回りは、先日の奏多の言葉を思い出してのものだった。
「……ふうん。」
小さく呟きかけ、奏多は慌てて口を閉じる。
「いや、たまたまに決まってる。」
さらに次の日。
朔人の指示に従い、小隊が連携して前線を押し上げる中で、陽路は息を切らしながらも、周囲の動きを見て動こうとしていた。
まだ足を引っ張る場面もある。だが、一歩ずつ噛み締めるように吸収していく姿勢は、目を逸らしようがなかった。
奏多は視線を伏せ、唇を歪めた。
(……成長してやがる。でも、あいつは俺より弱い。俺がなれなかった従者だってことに変わりはない。)
言葉には決して出さない。
だが、陽路の剣先を時折ちらりと確認してしまう自分に、奏多は苛立ちを覚えていた。
篝火の前線、夜。
闇に紛れて侵入した敵兵が、斥候を次々と斬り伏せ、混乱が走った。
「散開して迎え撃て!」
奏多の号令に、小隊が一斉に動く。鋭い判断はいつも通りだ。
だが、予想外のことが起きた。
森の奥に隠れていた敵の伏兵が、側面から雪崩れ込んできたのだ。
奏多は瞬時に剣を振るい数人を斬り伏せるが、数の圧力に押され、ついに槍の穂先がその脇腹をかすめた。
「くっ――!」
血がにじみ、膝が落ちる。
仲間が駆け寄ろうとしたが、敵兵の波に阻まれる。
その時――。
「奏多ッ!」
真っ先に飛び込んできたのは、陽路だった。
慣れない剣筋で必死に敵をはらいのけ、奏多の前に立ちはだかる。
「下がれ!お前じゃ無理だ!」
奏多が怒鳴る。
「無理でも構わない!仲間だろ!」
陽路の声は震えていた。だが、その背中は揺るがず、必死に剣を振るう。
「……馬鹿野郎。」
呟きながら、奏多は剣を握り直す。
陽路の横に並び、痛む体を押して再び剣を振るった。
敵の波が退き、仲間たちが駆け寄ってくる頃。
奏多は息を荒げながらも、陽路にだけは小さく呟いた。
「……少しは、認めてやってもいいかもな。」
陽路は驚いたように振り返る。
けれど奏多は、すでにいつもの不遜な笑みを浮かべていた。
「調子に乗るなよ。」
それでも。
その言葉の奥に――わずかな温もりがあった。
その日の夜。
……馬鹿な奴だ。
自分が守られる立場のくせに、今度は俺を庇うなんて。
そんな余裕があるほど強いわけじゃないだろうに。
――「仲間だろ。」
あの言葉が耳から離れない。
あいつの顔、必死で、まっすぐで……俺にはできなかった顔だ。
俺はずっと、誰にも頼らずにやってきた。
頼れば裏切られる。信じれば奪われる。
だから、一人で戦うしかないと決めてきた。
でも、あいつは違う。
弱いのに……いや、弱いからこそ、手を伸ばすのか。
その姿が妙に眩しくて、腹が立つ。
――仲間、か。
俺はそんなものを、信じたことがあっただろうか。
くそ……。
あいつに救われたのは事実だ。
俺は今日、ほんの一瞬、背中を預けていた。
気づけば……悪くなかった、なんて思ってしまった。
馬鹿だな、本当に。
あいつも、俺も。




