陽路の回想⑤払拭
夜営の輪から少し離れた場所で、烈真と隼人が火に照らされながら語っていた。
陽路が近づくと、奏多の話を語り始めた。
「……あいつ、子どもの頃は今みたいに強気じゃなかったんだ。」
烈真がぼそりと呟く。
「里の外れで育ったんだろ?」
陽路が問い返すと、隼人が頷く。
「ああ。親父さんは戦で命を落とし、母親は病で早くに亡くなった。身寄りがなくて、親戚も世話を焼く余裕がなかったらしい。だから小さい頃から、自分で狩りに出たり、石を削って剣の真似をしたりしてたんだ。」
烈真は遠い目をした。
「鍛錬場に子どもたちが集まるだろ? でも、あいつはいつも端っこでひとりだった。教えてくれる大人もいないのに、誰よりも早く来て、誰よりも遅くまで剣を振ってたよ。……それも、血だらけになりながらな。」
陽路の胸に重いものが落ちた。
(……孤独の中で、誰も助けてくれない中で、それでも諦めなかったのか。)
隼人が苦笑する。
「強さしか頼るものがなかったんだろうな。だから、周りを見返すように必死だった。認められるためには力を示すしかないって……。その積み重ねが、今の奏多を作ったんだ。」
烈真が火を見つめながら続ける。
「だからこそ、従者に選ばれなかったことが余計に悔しいんだと思う。自分より弱いと思う奴が選ばれて、自分は置いていかれた――。それが許せないんだろう。」
陽路は拳を握りしめた。
烈真と隼人から奏多の過去を聞いた後、陽路は夜営の火の前にひとり腰を下ろしていた。
火の粉が夜空に舞い上がっては消えていく。その光景が、どこか自分と奏多の歩んできた道を重ねるように見えた。
(……俺は恵まれていたんだ。)
そう思わずにはいられなかった。
母はいつも温かく支えてくれた。里の仲間たちも手を差し伸べてくれた。誰かが隣にいてくれることが当たり前だった。
だが奏多は――。
孤独の中で、誰も導いてくれない環境で、必死に剣を振り続けてきた。
「認められたい」その一心で、血反吐を吐くようにして強さを積み上げてきた。
陽路は拳を膝の上で固く握りしめた。
(……そんな過去を持つ奏多と比べたら、俺はなんて甘いんだ。)
胸にこみあげるのは、恵まれていたことへの感謝と、自分の未熟さへの苛立ち。
けれど、すぐに思い出すのは――あの日の誓いだった。
遥花の従者となり、命をかけて守ると心に刻んだ瞬間。
(俺は……絶対に、遥花様にふさわしい従者になる。)
その思いが、胸の奥で熱となって広がる。
火の揺らめきの下で、陽路は立ち上がり、木剣を握った。
休むことなく振り下ろす。汗が額を伝い、腕は悲鳴をあげても、止めることはなかった。
誰も見ていなくても構わない。
――いや、むしろ見ていなくてもやり抜く。
その姿は、奏多が歩んできた孤独な道を、今度は陽路自身が追いかけていくかのようだった。
(必ず成長してみせる。……遥花様に相応しい従者になるために。)
夜空に剣を振り下ろすたび、誓いの言葉が胸に深く刻まれていった。




