陽路の回想④ 試練の時
その夜、篝火の里の見張り台に急報が届いた。
「敵影!北の森から接近中!」
慌ただしく武具を手に取り、隊が集結する。
陽路も駆けつけたが、隣に立ったのは――よりによって奏多だった。
「おい、足手まといになるなよ。俺の邪魔だけはするな。」
冷たく吐き捨てるように言う奏多。
陽路も睨み返すが、敵の鬨の声が森を震わせ、言い返す暇もなかった。
――瞬間。矢が闇を裂いた。
「くそっ、来たぞ!」
周囲の兵が盾を構え、火の粉が舞う中で激突が始まる。
陽路は必死に剣を振るうが、足さばきは重く、刃は狙いからわずかに逸れる。
迫り来る槍を避け損ね、肩口に鋭い痛みが走った瞬間――
「おい、ボサッとするな!」
鋭い声と共に、奏多の刀が閃いた。
陽路を貫こうとしていた敵兵が一息に薙ぎ払われ、地に沈む。
「この程度の奴らにも苦戦してんのかよ……」
奏多は吐き捨てるように言いながら、乱雑に陽路の背を押した。
「天響の従者様ってのは、お遊戯でもしてりゃ務まるのか?」
悔しさが胸を突き上げる。
陽路は唇を強く噛んだが、言い返す言葉は飲み込んだ。
今は戦場。自分が弱いからこそ、奏多に苛立たせている――それを痛感していたからだ。
仲間を守るために立ち回り、次々と敵の攻撃をいなしては反撃を繰り出す姿――嫌な奴なのに、陽路の胸に不覚にも「すごい」と思わせるものがあった。
またある日の篝火の里の戦議場。
火を映した地図が卓上に広げられ、朔人と小隊の参謀たちが静かに集まっていた。
その場には奏多の姿もあり、陽路もなぜか呼ばれていた。
「……どうして、俺がこんな場所に。」
陽路は場違いな空気に肩をすくめた。
すぐ隣で腕を組んだ奏多が、冷ややかに吐き捨てる。
「ほんと、どうしてだろうな。戦場でまともに立ち回れもしない奴が、ここに座ってるなんて。」
陽路は言い返そうとしたが、朔人の静かな声に遮られる。
「口を慎め、奏多。だが……おまえの言葉も一理ある。陽路には、己の役目を自覚してもらわねばならん。」
その空気を切り裂くように、奏多は地図上へ手を伸ばした。
「敵はこの峡谷を抜けてくる。正面から迎え撃つのは愚策だ。こちらが仕掛けるべきは――」
彼の指が素早く動き、矢印がいくつも描かれていく。
「まずは囮を使って敵を散らし、伏兵で中央を叩く。背を向けた者を前衛が一気に殲滅する。時間との勝負ですが……可能です。」
参謀たちは息を呑んだ。理路整然とした説明に、反論する余地がなかった。
朔人は小さく頷く。
「よかろう。その采配、任せる。」
一方で陽路はただ見ているしかなかった。
自分は何も提案できない。戦いの流れを読む力もない。
胸の奥で、悔しさと焦燥が渦巻いた。
――次の日。
奏多の作戦は完璧に決まり、敵軍はあっけなく退けられた。
篝火の里の兵は口々に奏多の名を讃える。
陽路は血と埃にまみれたまま、拳を強く握った。
「……俺も、もっと強くならなきゃ。」
悠理と交わした「約束の日」が少しずつ迫ってくる。
遥花の隣にふわしい人物へとどれだけ近づけるのだろうか――。
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