陽路の回想③ 奏多
翌朝、陽路は綴る者と対面した。
篝火の綴る者——煌志は、綴る者の最年長。陽路の頭一つ分は高く、肩と胸板はまるで岩のように厚い。挨拶の言葉を交わす間にも、その背に刻まれた戦場の重みが、ただ立っているだけで伝わってくる。
「力はまだ足りぬが……素直な目だな。磨けば伸びる。」
そう低く言った煌志は、その日のうちに小隊への入隊を決めた。
陽路は朔人に導かれ、いくつかの小隊の一つに編入される。そこには篝火の者だけでなく、久遠各地から応援に来た兵も混じっていた。
「人手が欲しかったところだ。助かる。」
小隊長は素直に喜び、陽路を迎え入れた。だがその背後で一人、若い兵がわずかに顔をしかめる。
その兵は、陽路と同じ年頃。鍛えられた体つきから努力の跡は明らかだった。
だが彼、奏多は、視線を陽路に向けるたび、不満を隠そうとしなかった。
「……また余計な役目を押しつけられたか。」
唇の奥で呟いた声は低く、聞き取れるのは朔人だけだった。
彼にとって陽路の存在は歓迎すべきものではなかった。
戦場に駆り出される以上、足手まといが一人増えるだけで命取りになる。
それに加えて——
「自分こそが従者にふさわしい」と信じて努力を重ねてきた矢先、見知らぬ若者がその座を得ている。羨望と焦り、そして嫉妬が心の奥で渦を巻く。
彼は陽路に必要以上に厳しい目を向け続けた。
陽路もまた、その視線の重さに気づき、無言の圧力に肩をこわばらせる。
——篝火の里での鍛錬は、歓迎だけでは終わらない。
そう思い知らされるのだった。
初日の訓練は朔人の指示で実戦に備えた基礎訓練を受ける。
その場で奏多が「世話係」として前に出る。
「――おい、遅い。構えが甘い。」
奏多の声は淡々としているのに、氷のように鋭い。
陽路の手元をひと目見ただけで、剣の重心の傾きを指摘する。
「そんな握りじゃ、相手の一撃を受けた瞬間に弾かれる。……死にたいならそのままでもいいけどな。」
嫌味を隠そうともしない。
烈真が「言い方ってもんがあるだろ!」と苦笑交じりに突っ込むが、奏多は表情を崩さない。
「戦場に優しい言葉はいらない。」
陽路に模擬戦を挑ませた奏多は、敵役を買って出る。
鋭い踏み込み、寸分狂わぬ軌道で繰り出される刃。
木剣同士のぶつかり合いとは思えない迫力に、周囲の空気が張りつめる。
陽路は反応しきれず、何度も体勢を崩す。
だが奏多は最後まで木剣を振り下ろさない。寸前で止め、淡々と告げる。
「今ので三度死んだな。……お前、従者なんて呼ばれてよく恥ずかしくないな。」
徹底的に言葉で切り刻む。
だが同時に、その剣筋の正確さ、冷静な間合いの支配は誰の目にも明らかだった。
陽路は歯を食いしばりながらも――胸の奥で思う。
(……嫌な奴だ。だけど、こいつは……強い。)
訓練の後、汗の匂いがまだ残る稽古場。
奏多は木剣を肩にかけたまま、薄く笑って言った。
「――あーあ。こんな奴でも天響で従者になれるなんて。……天響の綴る者様もたいしたことないな。」
その言葉に、陽路の瞳がカッと見開かれる。
口の端から荒い息が漏れた。
「……俺のことは、何と言ってもいい。」
低い声で搾り出す。
「でも――遥花様を侮辱するな。」
空気が一瞬にして張りつめる。
陽路は木剣を強く握り、奏多も薄い笑みを消して目を細める。
烈真が慌てて割って入った。
「おいおい! やめろって! お前らここで斬り合うつもりか!?」
隼斗も陽気な調子を崩して両手を広げる。
「ちょっと待った、どっちも木剣折ったらまた作り直しだぞ? 面倒だからやめとけ!」
それでも二人は互いに視線を逸らさない。
最後に、互いに背を向けるその様子に、烈真と隼斗は額を押さえ、深くため息をつくのだった。




