黒い影②
――黒い影が、木々の間を疾風のように駆け抜けた。
刃の煌めきが陽路の頬をかすめる。即座に対応し、火花を散らしながら受け止める。
「くっ……! まさか、こんな場所で仕掛けてくるとは!」
陽路は歯を食いしばりながら、敵の連撃を受け流す。
その背後では、遥花が必死に息を呑んで立ち尽くしていた。
敵は二人。気配を消すように間合いを詰めてくる。
一撃一撃が重く、明らかにただの野盗ではない。
「遥花様!」
陽路の声と同時に、風を切る音――。もう一人の敵が、迂回して遥花へ刃を向けていた。
振り返った瞬間、白刃が迫る。
避けるには遅い――!
だが、その時。
敵の動きが不自然に止まった。背筋を走る寒気のような気配。
やがて二人は互いに視線を交わし、迷うことなく霧のように姿を掻き消した。
残されたのは、張り詰めた空気と、土に散らばった数枚の落葉だけ。
「……逃げた?」
遥花が震える声で問いかける。
陽路は剣を握ったまま、しばらく敵が消えた方角を睨みつけた。
「いや、違う……これは撤退の合図だ。」
剣先を下げ、陽路がつぶやく。
安堵と同時に、守り切れなかったかもしれないという恐怖が胸を締め付けた。
同じ頃、森の奥。
霧の帳の中に戻った部下たちが、膝をつき主に問いかけた。
「影風様、なぜ撤退を?」
影風は背を向けたまま、遠くを見ていた。
その横顔に浮かぶのは、冷徹とも、懐かしさともつかぬ微笑。
「……十分だ。俺の目的は果たされた。」
部下が息を呑む。
「目的、とは……。」
答えは返ってこない。ただ、彼の視線だけが静かに森の奥を貫いていた。
「遥花様――。」
その名を胸の奥で呟き、意味深な笑みを浮かべた。