舞と封印の理
翌日 ― 舞の舞台
祭りのざわめきがひときわ高まり、舞台の前に人々が集まっていた。
灯籠の明かりが水面に揺れ、笛や鼓の音が辺りに響く。
この章で舞台の中央に立つのは遥花。
稽古を重ねた所作はまだ硬さを残していたが、真剣さと懸命さが伝わってきた。
悠理は人混みの中で、じっとその姿を見つめていた。
表情はいつも通り冷静。だが、目の奥にはわずかな熱が宿る。
ひとつひとつの舞の動きに合わせるように、その視線は離れない。
隣で見ていた者が「ずいぶん熱心だな」と囁いたが、悠理は応えずにただ遥花を追い続けた。
彼女が袖を翻し、灯火に照らされる瞬間、ほんの一拍、息を忘れる。
口に出すことはなかったが、その沈黙が雄弁に語っていた。
舞が終わり、拍手が湧き起こる。
悠理は小さく瞬きをし、視線を伏せて再び表情を整えた。
——そのわずかな間に、彼の心の揺らぎを知る者はいなかった。
舞台が終わり、人々が解散した頃。
悠理と遥花は昨日の詞鏡を携え、燈子のもとを訪れていた。
「昨夜の言霊の暴走のことだが。」
短く切り出すと、燈子の表情が引き締まる。
「あぁ、報告は聞いているよ。悠理が素早く封じてくれたんだよね、ありがとう。」
悠理は詞鏡を差し出した。
「封じたが……久遠の詞ではなかった。」
燈子は詞鏡を手に取り、しばし目を閉じる。
「……外の者が意図的に暴走を起こしたのかしら。」
「まだ断定はできないが。」
悠理の声は冷静だが、その奥には警戒の色があった。
燈子は頷き、封じられた詞鏡を布で包み終えると、静かに机の上に置いた。
重苦しい沈黙が落ちる。
その時、遥花が口を開いた。
「……あの、ひとつ聞いてもいい?
封じた言霊って……また暴走するの?」
燈子が彼女を見やる。
「どうしてそう思ったの?」
「だって、もし封印が解けてしまうことがあるなら……」
遥花は言葉を探し、手をぎゅっと握りしめた。
「——いつか、また人を傷つけるかもしれないから。」
短い沈黙のあと、答えたのは悠理だった。
「条件次第だ。詞鏡に封じられた言霊は、基本的に外へ出られない。だが、いくつかの例外がある。」
「例外……?」
遥花がはっと息をのむ。
悠理は指を折りながら淡々と続けた。
「一番多いのが——その詞や物語が「忘れられ」た時だ。その力は歪み、時に災いとなって現れる。単純なのは、詞鏡の破損・劣化だ。それを防ぐため、久遠では言霊庫がどの里にもある。」
燈子が言葉を継ぐ。
「そして、私たち綴る者の強い感情が触媒となって、封印が自然に解けることもあるらしい。滅多に起こることではないそうだけど。
ただ、これらの性質を利用して……禍ツ者は久遠の外の綴る者と手を組み、言霊の力を自在に扱おうと考えているみたい。
詞鏡をわざと破損させて暴走させた後、綴る者が封印してくれたら、その言霊の暴走をいつでも好きな時に引き起こせるって。」
遥花の表情に不安が広がる。
「……そんな人たちが……」
悠理は彼女の方を見て、低い声で付け加えた。
「だから、俺、颯牙、恭弥が外へ行っている。」
燈子は頷き、柔らかながらも厳しい口調で言った。
「まあ結局、私たち綴る者が心を整え、詞と向き合い続けること。それが一番の防ぎになるのよ。」
遥花は強く唇を結び、拳を握る。
——自分は決して、封印を揺るがすような綴る者にはならない。
部屋を出ると、廊下にはひんやりとした風が流れ込んでいた。
悠理は足を止めずに言った。
「……次は、篝火の里へ向かう」
唐突な言葉に、遥花は思わず立ち止まる。
「か、篝火の里……? どうして……?」
悠理は振り返りもせず、淡々と答える。
「そこに、陽路がいる。」
その名を聞いた瞬間、遥花は息を呑んだ。
「……陽路に、会えるの……?」
悠理は小さく頷く。
「会うだけじゃない。必要があって行くんだ。だが……遥花にとっても無駄ではないはずだ。」
遥花は胸の奥が熱くなるのを感じながら、黙って頷いた。




