舞の稽古②
それから一週間。
稽古場に現れたのは、燈子の弟・蓮だった。年は遥花とそう変わらず、快活で人懐っこい性格。扇を軽やかに回しながら、にこりと笑う。
「姉さんと玲奈姉にばかり任せちゃ悪いからね。僕がつくよ、遥花様。」
弟らしい柔らかな口調で、舞の所作に細かな工夫を添える。背筋の伸ばし方や摺り足の軽さなど、男の舞の力強さが混じり、遥花の動きに芯を与えた。
さらに一週間が過ぎると、今度は燈子の姉・紗月がやって来た。
彼女は落ち着いた物腰で、指先まで神経を行き届かせた舞を見せる。
「遥花様、腕だけでなく、視線の“線”も舞の一部です。客は扇よりも、その先に吸い寄せられるのです。」
優雅で女らしい所作が加わり、遥花の舞は次第にしなやかさを増していった。
さらに一週間が巡り、燈子の兄・篤が稽古場へ姿を見せる。
逞しい体格の持ち主で、扇というより武器を扱うような実直さがある。
「舞は護りにもなります。腕を大きく払って、敵の刃を弾くつもりで。」
彼の稽古は舞台というより戦場に近く、遥花は次第に舞の中に防御や反撃の型を見出していった。
こうして三人の兄姉弟が交代で加わり、玲奈と燈子とともに指導にあたることで、遥花の舞は一層多彩なものとなる。
芸としての美しさと、戦いへの応用と。
一週ごとに得るものが積み重なり、扇を開いた遥花の姿は、来たばかりの頃とは比べものにならないほど凛としていた。
ある日。
「遥花、舞の舞台に出てみない?」
唐突な提案に遥花は目を瞬かせた。
「わ、私が?」
「ええ。動きにまだ荒い部分はあるけれど、舞台に立つことで得るものは大きいはずよ。」
燈子の声は柔らかいが、眼差しは真剣だ。
こうして、遥花の出演が決まった。
けれどその日まで日数はわずかしかない。稽古が終わったあとも、遥花はひとり残って舞の型を繰り返した。
発表前日。
「今日は明日のために自主練はやめておきなさい。」
燈子の言葉に、遥花は名残惜しげに頷いた。体力を削るよりも、明日に備えたほうがいいのは確かだ。
その日燈子達は会場の準備のため、別々に帰宅することとなった。
「じゃあ、私たちはここで。遥花、帰りは悠理と一緒に。」
そう言われ、遥花と悠理はふたりきりで稽古場を後にした。
外は賑やかだった。舞台を祝う前夜祭で、通りには屋台が並び、人々の笑い声や灯りが揺れている。
ふいに、悠理が足を止めて言った。
「……少し寄っていくか?」




