しばしの別れ
翌朝。
華灯の里の門前。
すでに準備を整えた陽路と紫苑が立っていた。
陽路は遥花の前に一歩進み出て、深く頭を下げる。
「遥花様、少しの間お側を離れます。戻ってくるまで……どうかお体に気をつけて。」
遥花はその姿に胸が詰まり、けれども精一杯の笑みを浮かべる。
「私は大丈夫、心配しないで。……それより陽路こそ、まだ怪我してるんだから。無理しないでよ。」
そのやり取りを見ていた悠理は、腕を組んだまま静かに口を開いた。
「……道中気をつけろ。」
燈子も手をひらひらと振りながら、にやりと笑った。
「しっかり送り届けてね~。」
紫苑は深々と頭を下げる。
「では、行ってまいります。」
二人が門を出て背を向けると、遥花はその背中が見えなくなるまで、じっと目で追い続けた。
人気の少ない街道を進む二人。しばし静寂が続いたのち、紫苑がぽつりと口を開いた。
「……旅を中断させることになって、申し訳ありません。」
陽路は首を振り、落ち着いた声で返す。
「何をおっしゃる。それよりも体の方は大丈夫ですか?このペースだと、負担にならないですか?」
「いえ、大丈夫です。……早く天響に報告したいので。」
そう答えた後、紫苑は小さく息をつき、言葉を継いだ。
「颯牙様のことは、本当に申し訳なかった。私では代わりになりませんが……心よりお詫び申し上げます。」
陽路は一瞬言葉を失い、ただ「いえ」とだけ返した。
紫苑は苦い記憶を噛みしめるように語り始めた。
「昨日も申し上げましたが、全ての発端は私の不手際なのです。あの巨大な暴走した言霊を発見した時、周囲には多くの禍ツ者の気配がありました。颯牙様は一時退却を指示なさいましたが……私が、やれると意地を張ったのです。『禍ツ者にあの莫大な力を持つ言霊を渡してはならない』――その思いに駆られて。」
彼女の声が震える。
「その言葉で颯牙様は決断し、巨大な言霊を封じようと奮闘されました。相手は禍ツ者側の綴る者。私はその他の三、四人を相手取って……それで十分、時間を稼げると思ったのです。」
紫苑の目に涙が滲んだ。
「ですが……背後から別の禍ツ者に切り裂かれ、倒れた私を狙って、斧を振り下ろす者がいました。必死で軸をずらしましたが……片腕を失いました。その時、颯牙様は封じをほぼ終えておられたのです。言霊を回収し、私を捨て置けば……颯牙様のお力なら一人で逃げおおせたでしょう。」
嗚咽が混じる声。
「ですが、颯牙様は私を背負うことを選ばれました。……結果、言霊は奪われ、追手から逃れるために詞鏡を幾つもわざと落とす犠牲を払い……。全て、私が愚かに意地を張ったせいです。」
紫苑は涙を拭いもせず、吐き出すように言葉を続ける。
「未来を不安に思わせ、颯牙様をあのような行動に駆り立てたのも……全部私のせいなのです。普段の颯牙様なら、決して……」
言葉にならず、涙が溢れ続けた。
陽路はしばし紫苑を見つめ、静かに言った。
「……事情は分かりました。本当に、私は大丈夫です。」
泣きじゃくる紫苑を見ながら、陽路はふと自分の胸が締め付けられるのを感じた。
――もしも、次は自分だったら。
遥花を守れず、彼女に涙を流させてしまうのではないか。
その思いが、じわりと心を重くしていった。




