陽路の決意
陽路の部屋にて。
障子を閉めた悠理は、低い声で問う。
「遥花の方はどうだ?」
陽路は少し考えたあと、正直に答える。
「記憶はまだ戻っていません。しかし、詞脈の扱いや武の力を身につけ、どんどん成長しています。」
「そうか。」
悠理の表情が一層引き締まる。
「ならば――」
声の調子が変わったことに、陽路は無意識に背筋を伸ばした。
「このまま順調に行けば、久遠の外に出ることもそう遠くはない。その時……お前はどうしたい?」
「それはもちろん、遥花様と共に――」
「――ああ、だが今のままでは無理だ。」
悠理がぴしゃりと遮る。
「無駄死にするだけだ。」
「!!」
陽路は言葉を失った。
悠理は淡々と、しかし一つ一つの言葉に鋭さを込めて告げる。
「久遠の中では、従者は言霊を封じる時、綴る者の補佐をするのが大きな役割だ。だが外は違う。言霊を狙う者が大勢いる。また、暴走した言霊の力も久遠内とは比べものにならない。そのため外では綴る者は封じに集中せざるを得ない。では、言霊や綴る者を狙う敵はどうする?――従者が全て相手にするのだ。」
悠理の視線が鋭く陽路を射抜いた。
「紫苑は優秀な従者だった。だから失ったのは片腕だけで済んだ。……おそらくお前は片腕を失った今の紫苑にも勝てないだろう。」
「……っ」
言い返せず、陽路は唇を噛む。
悠理は少し間を置いてから続けた。
「そこでだ。お前に一ヶ月やる。篝火の里に行け。国境の里だ。対人戦を嫌というほど実践できる。」
陽路の脳裏に、再会の日の記憶がよみがえる。
――禍ツ者から遥花を守りきれなかったあの日。
「異界から遥花が戻ると信じ、お前が鍛錬を欠かさなかったことは評価している。」
悠理の声音が僅かに和らぐ。
「だが、それでも圧倒的に実戦が足りない。」
陽路は拳を握りしめる。
「紫苑を天響へ送り届けろ。その後、篝火で一ヶ月、死ぬ気で努力しろ。そして――遥花にふさわしい従者になれ。」
その言葉は鋭い刃のように陽路の胸へ突き刺さったが、同時に燃えるような決意を芽生えさせた。
「……承知しました。」
陽路の目に、強い光が宿る。
悠理は短く頷いた。
「よし。」




