今後
一通りの説明が終わり、しばし沈黙が落ちた。
その沈黙を切り裂くように、悠理が静かに口を開いた。
「今後のことだが……陽路、傷の具合はどうだ。」
呼びかけに、陽路はすぐ背筋を伸ばし、淡々と答える。
「衝撃は強かったですが、喰らったのは一発です。問題ありません。」
悠理は短く頷き、視線を鋭くした。
「では明日出立し、陽路は天響まで紫苑を連れて行け。応急処置はしてあるが、重傷な上、片腕だ。手助けが必要だろう。」
そう言ってから紫苑に目を向ける。
「紫苑。天響に着き次第、しかるべき者へ報告し、療養に専念しろ。」
紫苑は姿勢を正し、力強く頷いた。
「はっ。」
悠理は再び遥花の方へ向き直る。
「陽路不在の間は、俺が遥花の側にいよう。」
突然の言葉に、遥花は目を見開き、思わず言葉を詰まらせた。
「え…………」
そんな遥花の戸惑いを和らげるように、燈子が軽い調子で笑いながら口を挟んだ。
「了解。ただ……天響の方は大丈夫なの?悠理は今、遥花が旅してる間の代理をしてるんでしょ?」
燈子の指摘に、遥花ははっとする。
彼女が戻る前までは父――遥斗が代理を務めていた。だが、遥花襲撃の件があって以降は、禍ツ者が近くに潜んでいる可能性を考え、悠理が帰還後も残っていたのだ。
悠理はわずかに目を細め、冷静に答える。
「薫を連れてくることが決まった時に、帰還していた恭弥に任せてある。」
その名を聞き、遥花は小さく息を呑んだ。
恭弥――燈子が説明していた、結芽の許嫁であり、外の任務から戻ってきた綴る者。
燈子がぱんと手を打ち、にっこりと笑みを浮かべた。
「じゃあ、遥花と悠理は明日から、私と舞の稽古ね。」
唐突な言葉に、悠理の眉がぴくりと動く。
「……俺もするのか?」
燈子は首をかしげて、まるで聞こえていないかのように明るく続ける。
「では、決めるべきことは決まったから、今日はゆっくり休もう。部屋へ案内させるよ。」
有無を言わせぬ調子に、遥花は小さく笑ってしまい、悠理は深いため息を吐いた。
案内された部屋に入った遥花は、荷を下ろすとふと胸の奥に重い感情が広がるのを感じた。
この世界に来てから、ずっと隣には陽路がいた。戦いも旅路も、共に肩を並べて歩んできた。
その陽路と、明日からは離れることになるのだ――。
窓辺に腰を下ろし、ぼんやりと外を見ていると、ふいに小さな羽音が響いた。
一羽の使い獣が部屋へ舞い込み、遥花の手元に文を落とす。
「……?」
拾い上げて封を切ると、中にはたった一言。
――悪かった。
差出人は颯牙だった。
短すぎるその文に、遥花は何を思えばいいのか分からず、ただ深く息をついた。
一方その頃。陽路の部屋。
まだ痛む体を横たえていると、ふいに外から低い声が届いた。
「……入っていいか?話がある。」
悠理の声だった。
陽路はゆっくりと身を起こし、静かに返事をした。
「どうぞ。」
障子が開かれ、悠理が足を踏み入れる。その表情はいつもの無表情だが、どこか重さを含んでいた。




