華灯の綴る者
「ほぉ、お前もやられたいのか。」
颯牙の腕がわずかに動いた瞬間、悠理も弓を番え、二人の間に火花が散る。
その場の空気が凍りつき、周囲の人々がざわめき始めた。
「お二人さん、そこまで。もう里の雰囲気が台無しじゃん。」
軽やかな声が場を割った。
振り返ると、遥花と同じくらいの年頃の少女が立っていた。
白くきらびやかな髪がふんわりと揺れ、真紅の瞳が笑うように細められている。
その存在感は、場を一瞬で掌握する不思議な強さを持っていた。
「……紛い物が俺に指し図するな。」
颯牙が、嘲るように吐き捨てる。
だが、少女は気にする様子もなく、手をひらひらと振った。
「はいはい、それでいいからさ。でもね、この土地は“私”が担当してるんだ。余計な争いはやめてくれないかな? ねぇ、“本物”さん。……これが正しい綴る者の態度なのかな?」
挑発的な口調に、最後は小さく歌うような調子をつける。
颯牙の目がギラリと光り、周囲の空気がさらに張り詰める。
一方で、少女の笑みは崩れず、場の緊張と対照的にどこかおどけてすらいた。
遥花は思わず息をのむ。
――この子が、華灯の里の綴る者……?
「颯牙様!」
響く紫苑の声に、颯牙は殺気を収めた。
鋭い眼光を悠理に向けたまま、低く問う。
「おい、悠理! お前の従者は連れてきたんだろうな。」
「……あぁ、薫だ。」
悠理は冷静に返し、後ろに控えていた男の名を告げる。
「行くぞ、薫。」
短く言い残すと、颯牙と薫は、驚くほどの速さで人混みの向こうへ姿を消していった。
「……っ」
あまりに唐突な出来事に、遥花は立ち尽くしたまま、心臓が早鐘のように鳴っている。
陽路はまだ地面に倒れ込んだままだった。
その張り詰めた空気を、ふわりと和らげる声が割る。
「とりあえず、みなさん。場所を変えましょう。負傷者もいますし。」
白い髪に赤い瞳――この華灯の里の綴る者、燈子が柔らかな微笑みを浮かべて口を開いた。
その声音は、不思議と強制力を持つように場のざわめきを収めていく。
燈子の言葉に従い、一行は人目を避けるようにして通りを抜け、里の奥にある静かな宿舎へと移動した。
障子を開け放った部屋には、柔らかな灯りと薬草の香りが漂い、落ち着いた空気が流れている。
「こちらで休ませてください。」
燈子はそう言って、悠理とともに陽路を布団へと横たえた。
大きな外傷はなかったが、先ほどの一撃は相当に重かったようだ。
遥花はその顔を覗き込みながら、唇をかみしめた。
「……陽路……。」




