華灯の里②
「……遥花、お前、本当に帰ってきたんだな。従者も新人か。あーあ、俺のことも忘れちまったのか。」
人混みから現れた青年は、粗野な笑みを浮かべて近づいてくる。
隣に寄り添う片腕の女性は険しい目をしていたが、止めようとはしない。
遥花と陽路は自然と身構える。
青年はふいに口元を吊り上げると、ぐっと手を差し伸べた。
「まあちょうどいいか、遥花、一から俺と付き合って夫婦になろうじゃないか。」
その手が遥花に届こうとした瞬間――
「触るな。」
陽路が鋭く声を放ち、身を乗り出して彼女をかばう。
「は? 従者風情が、綴る者様に命令するんじゃねえ!」
青年――颯牙は怒声とともに拳を振るった。
咄嗟に刀の鞘で受けたものの、衝撃は凄まじく、陽路の身体は地面に叩きつけられるように吹き飛ぶ。
「陽路!」
遥花が叫んだ。
同時に、片腕の女性――紫苑が
「颯牙様!」と叫びながら、瞬時に吹き飛んだ陽路に駆け寄り、必死に声をかける。
「大丈夫ですか?」
遥花も陽路へ駆け寄ろうとしたが、颯牙が彼女の腕を掴み、阻んだ。
「離してください!」
必死に抗う遥花に、颯牙は低く囁く。
「あいつはああなって当然だ。綴る者様に反抗したんだからな。それより、聞け……」
颯牙の言葉を遮ったのは、空を裂くように放たれた数本の矢だった。
鋭い矢は颯牙の腕を正確に狙い、迫る。
「ちっ……もう来たのか。」
颯牙は舌打ちし、思わず遥花の腕を放す。
その間に遥花は陽路の元へ駆け寄った。
矢を放った者は、屋根の上にいた。
灯りの群れを背に現れた一人の青年――悠理だった。
冷ややかな声が夜の喧騒を切り裂く。
「……遥花に触れるな。颯牙。」




