華灯の里①
山を抜け、渓流に沿って歩いていくと、急に視界が開けた。
そこには無数の灯籠が風に揺れ、あたりを色鮮やかに照らす里が広がっていた。
昼間でさえ、薄絹の幕のように吊られた灯りがひらひらと舞い、幻想的な光景を作り出している。
「わあ……」
遥花は思わず声を上げ、立ち尽くした。
人々は舞台のように広がる石畳の広場で舞い、笛や太鼓の音が響く。
子どもたちは鈴を鳴らしながら走り回り、まるで里全体が一つの舞台のようだった。
「ここが、華灯の里……」
陽路は少し目を細めて辺りを見渡す。
「賑やかだな。旅芸人の家系が多いと聞いていたが、まさにその通りだ。」
遥花は目を輝かせながら、屋台の並ぶ通りを見回す。焼き団子の香ばしい匂い、飴細工を作る軽快な音、舞台からは笛や太鼓が鳴り響き、笑い声とざわめきが絶えない。
陽路はそんな遥花のはしゃぐ様子に目を細めた。
「さあ、まずはこの里の長老に挨拶だな。」
遥花と陽路は、灯りが幾重にも重なり幻想的に輝く大広間に通された。
祭りの太鼓が遠くに響く中、長老は静かに二人を見据える。
「――遥花様、陽路殿。よくぞ参られた。」
白髪を長く垂らし、扇を手にした長老は、まるで舞台に立つ役者のように品をまとっていた。
遥花は鉄扇を胸に抱き、深く頭を下げる。
「私は……詞脈の制御と、封じの力を磨きたく、この里に参りました。」
長老は目を細め、ゆるやかにうなずく。
「ふむ。華灯の綴る者にとって“舞”は、攻めにも守りにも通じる力。鉄扇を携えし者にこそ相応しき術よ。明日、綴る者との対面を取り計らおう。今日はこの里を心ゆくまで見てゆかれよ。」
その言葉に二人は礼を述べ、広間をあとにした。
外に出ると、そこはまさに灯りと音楽に満ちた世界だった。
屋台の赤提灯が並び、笛と太鼓が夜空に響く。人々の笑い声に包まれ、まるで永遠に祭が続いているかのようだ。
「すごい……!」
遥花は目を輝かせ、あちこちを見回す。焼き菓子や舞の小道具に手を伸ばしては、子どものように笑った。
陽路はその隣で、微笑を浮かべつつも周囲を警戒していた。
「華灯の者にとっては、これも修行の一部なんだろうな。舞も、楽も、すべて言霊とつながる術……」
遥花は鉄扇を胸に抱き、うなずく。
「明日、綴る者に会えるの、楽しみだね。」
その時だった。
「……お前、遥花か?」
唐突に呼ばれた名に、遥花は息を呑んで振り向いた。
人混みから一歩出てきたのは二十歳前後の青年。
鋭い目つきと、粗野な雰囲気。人々の楽しげな空気から浮き上がるように、屈折した影をまとっていた。




