一人での封じ
五日後、悠真の里を流れる山間の川辺で、突如として異変が起きた。
澄んだ水音に混じり、不協和の響きが地を震わせる。
轟音とともに山肌が裂け、そこから岩の巨躯が立ち上がった。大地の詞が忘れられ、暴走した言霊が姿を成したのだ。
四人は急ぎ現場へ駆けつけ、岩塊のような巨影を前に立ち止まった。
「……これは……!」遥花が息を呑む。
そこで、伊吹がのんびりとした声を上げる。
「さて。遥花、これはお前ひとりで封じてもらおうか。」
「え……!?」遥花が目を丸くする。
「危険すぎる!」陽路は即座に反発した。
しかし伊吹は悪戯っぽく笑い、指先をひらりと振った。
「大丈夫だ。お前は楓と手合わせしてろ。隙を見つけて助けに入るのは構わん。ただ、基本は遥花ひとりにやらせろ。」
「そんな……遥花様が危険です!」陽路の声が荒くなる。
だが楓は一歩前に出て、真剣な眼差しでうなずいた。
「……私も全力で相手をさせていただきます。」
そう言うと同時に、楓は短剣を構えた。陽路はぐっと抗議の言葉を飲み込み、刀を抜く。
遥花の孤独な戦い。
岩の言霊は巨腕を振り下ろし、大地が揺れた。
砂塵に包まれながら、遥花は鉄扇を開き、必死に詞脈を集める。
詞鏡に封印の印を結び、言霊に向ける。
「――うねり、あらがいしものよ。うわっ!」
だが暴走の力は強く、鉄扇に走る光は乱れ、抑え切れない。遥花はよろめきながらも必死に言の葉を繋ぐ。
一方、陽路は楓と剣戟を交えていた。金属が打ち合う高い音が続く。楓は一切手を抜かず、むしろ陽路が遥花に視線を向けるたびに、攻撃を苛烈にしてくる。
「……ちっ、狙ってるのか……!」陽路が舌打ちする。
「戦いにも集中してください。従者の務めです!」楓の声が鋭く響く。
遥花の額には汗がにじみ、声が枯れそうになる。喉が渇く。恐怖で胸が締めつけられる。
だが、必死に鉄扇を振るい続けた。
鉄扇を開き、足を半歩進め、低く構える。
「――うねり、あらがいしものよ。ことのはに還れ、鎮まりて……形を戻せ……――封ぜよ!!」
最後の詞が紡がれた瞬間、鉄扇から詞鏡へ光が奔り、そして詞鏡から溢れた光が岩の巨躯を包み込んだ。轟音とともに砕け散り、暴走言霊は鎮まった。
砂塵の中で、遥花は膝をつきながらも鉄扇を抱きしめた。
「……できた……私、ひとりで……」
遥花は荒い息をつきながらも、はじめて「自分の力で封じ切った」という確かな感覚を抱いていた。
陽路は楓の攻めを振り払い、駆け寄ろうとする。
だがその前に、伊吹がぱちぱちと手を叩いた。
「いやあ、見事。……な? できたじゃないか」
伊吹の笑みは相変わらず軽いが、その眼差しの奥に、本気の確信と期待が宿っていた。




