終了後
観客の喝采が鳴りやまぬまま、陽路と楓は武器を収め、深く息をついた。
「……はぁ、すごい動きだったな、楓殿。」
「そっちこそ……一歩も引かないなんて、驚いたわ。」
互いに笑みを交わしつつも、まだ熱が残っているような眼差し。
だが、その余韻を吹き飛ばしたのは、やはり観客の「伊吹様ぁーっ!」の声援だった。
楓がむっとして振り返る。
「もう! 伊吹様のせいで、勝敗がうやむやになったじゃないですか!」
伊吹は涼しい顔で欠伸をし、本を片手に言った。
「別にいいだろう? 君らの実力は十分伝わったし、俺が華を持っていったおかげで盛り上がったんだから」
「はあ!? そんな理屈あります!?」
「あるんだよ~。」
「むぅぅ……!」
ぷんすか怒る楓。その頬がほんのり赤いのを、誰も突っ込まなかった。
――いや、陽路は気づいたかもしれない。だが彼は視線をそっと逸らした。
控室に戻ると、長老や見習いたちが待っていた。
「二人とも見事だったぞ。互角の勝負、久遠の未来は明るい。」
「はい……ありがとうございます。」
楓は深々と頭を下げ、陽路も緊張をにじませながら応じた。
観客からも見習いたちからも「すごかった!」と称賛が飛び交い、二人は照れながら答える。
伊吹はその中でひとり椅子に腰かけ、つまらなそうに爪をいじっていたが――
「……まあ、遥花も陽路も、随分よくなったな。楓の指導が良かったんだろ。」
ぼそりと呟いたその言葉に、楓が「伊吹様……」と小さく目を見開く。
だが次の瞬間、伊吹は再び大欠伸。
「さて、俺は眠いからもう帰る。」
「ちょっと! 最後まで責任持ってください!」
楓の怒鳴り声に、場が和む。
夜。大会を終え、宿舎へ戻る途中。
「陽路、お疲れさま」
「遥花……ありがとな。……俺、楓殿に一歩も引かなかったって、そう言えるよな?」
遥花はくすっと笑い、頷いた。
「もちろん。すごく格好よかった。楓さんとあそこまで渡り合えるなんて。」
陽路は耳まで赤くなり、頭をかいた。
「……いや、まだまだだよ。でも……嬉しい。」
遥花は少し間を置いて、柔らかい声で続けた。
「ただ、私にとっては……戦いの陽路も、普段の陽路も、同じくらい大事。だから無理はしないでね。」
その一言に、陽路の胸がきゅっと熱くなった。
彼女の言葉は、自分を従者としてだけでなく――ひとりの人間として気遣ってくれているように思えて。
「……ありがとう、遥花。遥花のためなら、俺、もっと強くなりたい。」
無意識に出た言葉に、遥花は目を瞬かせる。
陽路は慌てて顔を背けた。
「な、なんでもない! ほら、早く戻らないと!」
遥花はその背を見つめ、ふっと笑った。




