次の目的地
静かな夜の帳が降り、灯りの柔らかな影が座卓を包んでいた。遥花、陽路、そして瑞穂の里の綴る者・結芽とその従者颯真が揃って、次なる行き先を話し合っていた。
結芽が口火を切る。
「次はどこへ向かうかを決める時ね。」
陽路が慎重に言葉を選びながら口を開く。
「はい。……この旅路、順路を決めるのは大切なことです。各里にはそれぞれ特色がありますので、行き先によって得られる経験も変わりましょう。」
遥花は頷きながらも、少し迷ったように視線を巡らせる。
「特色、か……。陽路は語る者として旅をしていたよね。各里のこと、聞かせてくれる?」
「はっ……。承知しました。」
陽路は姿勢を正すと、一つひとつ丁寧に説明を始める。
「まず――蒼篠の里。山と森に囲まれ、鍛冶を中心に栄えており、狩猟の文化が根付いております。また風に纏わる言霊も豊かに眠っております。」
「次に――悠真の里。ここは武を磨く場所にございます。従者などを志す者の多くが修業を積む、いわば鍛錬の都です。武器の扱いや戦の型を学ぶには最適でしょう。」
「そして――真澄の里。清浄の力を重んじ、水に関わる儀式や祓いが盛んです。穢れを鎮め、乱れた詞を正すことに長けております。」
「篝火の里は、守りの拠点。外敵を防ぐ役割を担い、厳しい規律と護りの力を誇ります。」
「最後に――華灯の里。芸能や物語の中心で、人々に詞を伝え残すのに大いに役立ちます。舞や語りを通して言葉を広げる、特異な里です。」
陽路の説明が終わると、客間にしばし静寂が訪れる。遥花は真剣な眼差しで考え込んだ。
ここ瑞穂では実際に綴る者の務めを見ることができた。次に私に必要なのは何だろうか…。
その時、脳裏に浮かぶのは――この世界に来てすぐに遭遇した“黒い影”。
「ねえ、陽路。初めてあなたとあった時に襲ってきた人達は、また襲ってくる可能性はある?」
「え!襲われたの!?」
結芽が思わず叫び、
「“禍ツ者”ですか?」
颯真も驚きの表情を浮かべている。
言霊の力を使い、世界を歪めて支配しようとする思想を持つ者。
陽路から、それが “禍ツ者” と呼ばれる存在だと聞いた。
「断言はできませんが、可能性は高いと思われます。」
「だったら……次は、悠真の里に行きたい。」
遥花はゆっくりと顔を上げた。
「詞脈の制御も大事だけど、もし襲われた時に、自分の身くらい守れるようになりたい。鉄扇も、ただ持っているだけじゃ意味がないから……基本的な扱い方を学びたいの。」
陽路が小さくうなずく。
「悠真は武の中心地。刀も槍も弓も、あらゆる武器の基礎を学べます。護身の術を身につけるには最適でしょう。」
結芽も優しく言葉を添えた。
「そうね。わたしは双剣を使っているけど、悠真の流派で鍛えられたものだよ。軽やかに扱えるから、護りながら動けるの。……遥花に合う護身の術も、きっと見つかるよ。」
「護身の術……」遥花は小さくつぶやき、胸の奥にじんわりと灯る決意を感じた。
自分の弱さを放置したままでは、大切な人を守れないかもしれない。
「……うん。行こう、悠真の里へ。」
その言葉で、遥花と陽路の視線が静かに交わり、次なる旅路が決まった。




