共闘
次の日、瑞穂の里の集落から少し離れた川辺。青々とした稲穂の波と、陽の光を弾く水面がきらめく場所に、使い獣が戻ってきた。翼の透き通る小鳥の姿で、陽路の肩に舞い降りる。
「綴る者の結芽が、言霊を見つけました。ただ、少し手こずっている様子です。」
使い獣の報せに、陽路は眉をひそめた。
「結芽様が、ですか……。遥花様、行ってみましょう。これは良い学びになります。」
川沿いを進むと、瑞穂の綴る者・結芽の姿が見えた。二十歳ほどの女性で、白と淡緑を基調とした衣を纏い、髪を高く結い上げている。落ち着いた雰囲気の中に、瑞穂らしい瑞々しさを感じさせる。
その前で、ひとつの言霊が渦を巻いていた。水のように揺らめき、時折波紋のような震えを広げる。けれど、その揺らぎは安らぎというより、川が氾濫寸前に膨れ上がっているかのような圧を孕んでいた。
結芽の隣には、従者である颯真が槍を構え、暴走する言霊を防ぎつつ、主を守る姿勢を崩さない。
「私が流れを抑えます、結芽様は言の葉を重ねてください!」
遥花は思わず息を呑む。
「言霊って……本当に、生きてるんだ。」
陽路が頷く。
「はい。だからこそ、扱いを誤れば人にも里にも害を及ぼす。」
「――結芽様、私どもも手を貸しましょう。」
「……“水脈をわける”の詞の、暴走です。」結芽は額に汗を浮かべながら言った。
「本来は、田を潤すために水を分け合う恵みの詞……けれど今日は強すぎる流れで、封じに手間取っています。」
結芽は遥花を一瞥し、はっとしたように目を見開いた。
「その姿……まさか、遥花?」
「……記憶を、失ってしまっているのです。」陽路が短く補足する。
一瞬驚きの色を見せた結芽だったが、すぐに真剣な眼差しで頷いた。
「ならば、ちょうどよい。力の揺らぎに触れれば、思い出すきっかけになるかもしれない。――共に封じてください。」
遥花は喉を鳴らし、詞鏡を握りしめる。
だが、力はまだ拙く、封じようとすればするほど、水流の幻影が跳ね返り、遥花の体を打つ。足元の水が暴れ、裾を濡らす。
結芽が叫ぶ。
「力は確かにある……けれど制御が甘い!」
陽路が横で低く告げる。
「遥花様、言霊は結芽様が封じます。そのために、颯真殿を助け、言霊の奔流を抑えましょう。」
遥花は頷き、鉄扇を構える。慣れないが、不思議と掌にしっくり馴染む。
颯真の槍が光を弾き、陽路の刀が飛び散る言の欠片を受け止める。
結芽はその隙に、詞脈を読み解き、封じの型へと集中を深めていく。
「――遥花!」
結芽の声に呼応するように、遥花も鉄扇を翻した。
散る言霊の欠片を払う動きが、結芽の詞を守る盾となる。
「――“瑞穂の詞脈よ、命を育む水に還れ、封ぜよ!”」
やがて結芽の言葉が静謐に重なり、揺らいでいた詞脈が収束していった。
颯真が槍を下ろし、深く息を吐く。
「……お見事です、結芽様。そして――遥花様も。」
水の気配が静まり返ると、遥花はその場に膝をついた。胸がどきどきと早鐘のように鳴っている。
「……封じられた、の?」
「ええ、遥花と一緒なら心強いわ。ありがとう」
結芽が柔らかく笑む。
その横で、陽路は静かに刀を納め、颯真に一礼する。
「あなたの立ち回りがあったからこそ、結芽様の詞が届いたのです」
颯真は少し照れくさそうに笑い返し、しかし結芽を守るように一歩後ろに下がった。
その姿に、遥花は「従者」という存在の確かな意味を改めて感じ取ったのだった。
陽路は遥花の傍に戻り、静かに言った。
「これが綴る者の務め……遥花様は、こうして言霊と向き合ってきたのです。」
遥花はその言葉に、ただ小さく頷いた。胸の奥に、じんわりと熱が広がっていた。




