私の武器
久遠の中心にそびえる「詞神殿」。
古より綴る者が務めに就くとき、神々に己が器を示し、武器を授かる儀がここで執り行われてきた。
遥花は白衣に袖を通され、陽路に伴われて本殿へと進む。
荘厳な香の匂いが漂い、幾重もの祭壇の奥、巨大な詞鏡が鎮座している。
その面は透き通るように輝き、映るものの本質を映すと伝えられていた。
――遥花は、祭壇の前に立ちながら、ふと前夜のことを思い出していた。
「綴る者の武器は、ただの武器ではありません。」
縁側で月を眺めながら、陽路は静かに言った。
「言霊を扱うための“器”であり、詞脈そのものを映すもの。儀式で神鏡が応じ、綴る者に最も相応しい武器を授けます。先代の遥斗様は槍を、悠理様は弓を……そして、遥花様は薙刀を。」
「……薙刀。」遥花は小さく反芻する。
その言葉の響きに、かすかな既視感がよぎる――だが、形にはならなかった。
陽路は、そんな遥花の横顔を一瞥し、穏やかに続けた。
「大切なのは何を選ばれるかではなく、どんな想いで振るうかです。神が授けるのは、“今”の遥花様に必要なものなのですから。」
遥花は黙ってうなずき、胸の奥にその言葉を刻み込んだ。
「綴る者・遥花。」
祭司が名を告げる。
「詞脈を宿す証として、神前に立ち、その器を示せ。」
遥花は深呼吸をし、一歩進み出る。
両の手を合わせ、詞を口にする。
静寂を裂くように、詞鏡の面が波打った。光が溢れ、空気が震える。
その光の中から――薙刀ではなく、黒地に銀の文様を刻んだ鉄扇がふわりと舞い降りた。
「……扇?」
驚きの声が祭殿に広がる。
扇を受け取った瞬間、掌にしっくりと重みが馴染んだ。
遥花の心に、説明のできない確信が走る。
(これが……今の私に与えられた武器……。)
陽路が一歩進み出て、静かに言った。
「遥花様らしい。風を導き、言霊を操る器……きっと今の遥花様にこそ相応しい。」
長老は深く頷き、言葉を紡ぐ。
「武器は神が選ぶ。おまえ自身が変わった証でもあろう。――その扇を携え、六里を巡るがよい。」
鉄扇を抱く遥花の胸には、不安と共に、ほんの少しの誇らしさが芽生えていた。




