君の剣と貴方の盾
「私は、君のための剣となる」
「それならば、私は貴方様をお守りする、盾となります」
ある王国の姫と騎士団長が、恋心を成就させた。王国は歓喜に湧き、王は穏やかに微笑み、王妃は感涙にむせんでいる。
それから数年後、突如として魔王軍が魔界から攻め込んできた。戦力の差はいかんともしがたく、必死の抵抗を見せた王国も、むなしく灰燼と帰した。
数日後、王国の様子を見に来た僧侶と吟遊詩人の二人は、互いをかばい合いながら死んでいる騎士団長と姫の亡骸に慟哭する。
吟遊詩人は二人の悲劇の愛を詩に綴り、僧侶はその亡骸を葬り剣と盾に祝福を送った。
それからさらに十数年。魔王軍は人類世界の三分の一を掌握していた。兵力、士気ともに極めて旺盛。それに比べ、人類側はすでに諦めにも似た雰囲気が漂い、全面降伏の論さえ囁かれている。
滅ぼされた王国と盟友であった帝国が、幾ばくかの反攻を試みているものの、さすがに一国では抗いきれない戦力差。とはいえ、もはや他の国は逃げ腰で頼りには出来ない。ここで帝国は、苦肉の策に打って出る。
最小限の人員にて編成された、特殊部隊による魔王暗殺計画である。
魔王暗殺に至らずとも、魔界首都にてゲリラ戦を展開し、混乱を生じさせれば御の字である。命など最初から諦めなければならない任務であった。
任務の特性上、特殊部隊の出陣式は帝国上層部の数人が見守るなか、質素に行われた。皇帝は特殊部隊四人、一人ひとりの手を握り「必ず生きて帰れ」と厳命した。
たとえ、難しいことだとしても。
特殊部隊のリーダーを任された俺は、『勇者』と呼ばれた。幼少のころから剣技、魔法の訓練を続け、自分でいうのもなんだが実力は折り紙付きである。
サポートである『騎士』は、俺が討ち漏らした敵を確実に排除する。冷静な思考力、分析力と、武力を持っていた。
多数の敵に囲まれたとき、頼りになるのが『魔術師』だ。彼は若いながらも、絶大な火力と魔力に裏打ちされた魔術で、部隊の援護射撃を努めた。
傷や毒、呪いを負ったとき、助けてくれるのが『神術師』である。彼女は癒やしの術や、身体能力を一時的に上昇する術を得意としている。
俺たち四人は、秘密裏に敵の拠点を撃破し、占領されていた町村を解放していく。そんな旅路の中、ある噂を聞いた。
「滅ぼされた王国の城内に、伝説の剣と盾が残されているらしい」
詳しく聞くと、なんでも愛に満ちた武器防具であり、魔王軍の頂点である魔王を倒すには、その愛の剣と盾、そして鎧を揃えなくてはいけないという。
………
苦難の末、伝説の「愛の剣と盾」を手に入れた俺たち。全員一致で、俺が装備することになった。
「これはすごいな。伝説の『愛の武具』と呼ばれているのもわかるよ」
最後に神術師が王城廃墟を清め、犠牲者の魂を癒やしてから、拠点の宿屋に帰る。その途中で数体の魔物に襲撃された。
「ちょうど良い。試し切りだ」
伝説の武具を身に着けた俺は、意気揚々と魔物の前に立つ。
しかし、異変が起こった。なんと剣は盾をかばい、盾は剣をかばうように動き出した。身体の自由が効かない。混乱していると、剣と盾が喋りだした。
「姫! 姫は後ろに下がって! この敵は君の剣である、私が排除する!」
剣が盾を俺の後ろに追いやろうとする。残念ながら俺の腕はそんなところまでまわらない。関節が悲鳴をあげる。
「痛い痛い痛い」
「貴方こそ! 私は貴方を守る盾、傷一つ付けさせやしないんだから!」
今度は盾が剣を抑え込む。太ももに刺さる剣。飛び散る血しぶき。
「ぎゃーす」
「姫! 何をやっているんだ、危ないぞ!」
危ないのは俺である。
そんなことをしている間にも襲い来る魔物の攻撃。鎧から剣から魔物から攻撃を受け、俺の身体はぼろぼろだ。その様を不思議そうな顔で見る他の三人。ドン引きである。
結局、魔物は他の三人が倒してくれたので良かったものの、このまま行けば確実に俺は死んでいた。冗談じゃない。装備品に殺されてたまるか。
しかもこの装備、身体にぴったりくっついて、外すことができない。最早、呪いの類である。
「おい、愛の剣と愛の盾。喋れるだろう。こちらの質問に答えてくれないか」
「なんだお前は。私と姫の仲を引き裂こうとしても無駄だぞ。そもそも姫に対して無礼ではないか。頭を垂れて許しを乞え」
「やめなさい、団長。こちらの方は、危険を犯してまで私達をあの廃墟から助け出してくださったのです。無礼が過ぎますよ」
全くである。もっと言ってやってほしい。
「君たちの互いを想う気持ちは理解出来るし、尊いとも思う。だけど、このままだと戦えない。なんとか協力してくれないか。魔王を倒した暁には、君たちを王宮内か教会内か、なんかそれっぽいところに祀るから」
「なんだ『ぽい』とは。だがしかし、確かにお前の言うことは正しい。ここは共闘するとしよう。姫もそれで構わないだろうか」
「はい。私は、貴方様の後についてまいります」
「姫…」
「貴方…」
「なんで俺たちは、剣と盾のいちゃいちゃを見せつけられているのだろう」
とりあえず、なんとか戦えるようになった。戦えるようになってわかったことだが、確かにこの装備はとんでもない能力を秘めている。装備品というものは、強力になればなるほど重量が増してくるものだが、そんなものは一切感じない。
武器と防具というより、二人の仲間と共に戦っている気分になる。伝説、と言われるだけはあるようだ。
それからまた、順調に旅を続けていた俺たち部隊に、「愛の鎧」の情報が入ってきた。どうやらこの先の、洞窟の奥深くに眠っているらしい。
剣と盾に聞いてみたものの、心当たりはないという。
どちらにせよ、鎧も揃えないと、魔王に勝つ可能性は著しく低下する。さっそくその洞窟へ行き、数々の困難を払い除け、ついに手に入れた。
これで、「愛の武具」が全て揃ったのだ。俺たちは4人と2人で、喜びを分かち合った。
………
俺たちが、この鎧の持ち主が「姫に横恋慕しストーカーじみた行為を繰り返し、騎士団長に嫌がらせを仕掛ける最中に死んだ、歪んだ愛に生きる豪傑戦士」だと知るまでに、そう時間はかからなかった。