十年ぶりに再会したらクラスのアイドルになっていた幼馴染が、いまだに秘密基地で門番をしていた件
十年も経てば人は変わるよなあ……。
入学式の日、同じクラスになった幼馴染を遠目で眺めながら、ぼうっとオレは思っていた。
高校入学と同時にオレ、三島浩太は故郷の街に戻ってきた。
親の仕事で十年前に引っ越した街だった。
十年といったら小学校にも入ってない頃なので、さすがに親しい知り合いは少ない。
それでもひとりはいた。
天音瑠美。
隣の家に住んでいた女の子である。
秘密基地の門番をさせていた、オレの元子分である。
『きちにいくぞー! かけあーし!』
『こーたー、まってよー、はやいよー!』
『おせーよ、おいてくぞー』
『やだー! やだやだ、なんでそんなこというのー!』
泣きながらいつもオレの後を追いかけていた瑠美だ。
クラス名簿に名前を見たときはびっくりした。
実物を見て更にびっくりした。
「(めちゃくちゃ美少女になってるじゃねーかー!?)」
かろうじて声に出すことは避けられたが。
もう、彼女は現代の美少女だった。
髪は今風で、少し茶色に染まっていて、ウェーブがなだらかに肩にかかっている。
顔はどこかの雑誌でグラビアをやっててもおかしくないぐらい綺麗だし。
スタイルもすごい。
このクラスで一番かわいい女の子、というのは幼馴染の贔屓目じゃない筈だ。その証拠に今だって男女問わずひっきりなしに瑠美に話しかけている。天音さんライン交換しようよ、放課後から遊びに行こうよーという誘いが聞こえる。
既にデートの誘いだ。
「あーっとっと、みんなごめんねえ」
そんな誘いに瑠美は苦笑しながら。
「今日の放課後はちょっち約束があるんだよね。また今度ね!」
「えー、入学初日なのに約束って?」
「だれだれ? 彼氏とかー?」
冗談っぽく聞いてきた隣の子に。
「かっ!? ちち違うよ、ぜんぜん違うよ、あいつはそういうのじゃないよっ!」
などと頬を赤くして答えたものだからもう大変だ。
だって『あいつ』は男だと言っているようなものだからだ。
「マジかよー!?」
「あんなに可愛いとやっぱり中学で彼氏がいるもんなんだな」
「だから違うんだってばあ!」
オレはそんな会話をぼーっと聞いていた。
そっか。
瑠美のやつ、もう男がいるんだな。
そりゃそうだよな。あんなに可愛いんだから。
「(はあ)」
話しかけにいこうと思ったけどやっぱりやめるか。
幼馴染だからって相手がオレだって誤解されたら、瑠美のやつ困るもんな。
ふふん。
親分の配慮に感謝しろよ、まったく。
などと後方幼馴染面(どんな面だよ)で瑠美を見ていると。
くるり。
瑠美が振り返ってオレと視線があった。
「――」
まあ会釈ぐらいはしていいかな、いや誤解されるかな。
などとオレがちょっと迷っていたら。
「(ぷいっ)」
瑠美は前方のクラスメイト達との会話に戻った。
おい。
今、完璧に無視されたぞ。
あいつオレのこと覚えてないのかよ。
「(マジかあ)」
ふ、ふふふ、流石にちょっとだけ心にきたぜ。
ちょっとだけな。
ちくしょう。
ちょっと美少女だからって調子にのりやがって。
昔なら『許さん貴様は秘密基地の出入禁止だ!』怒鳴りつけるところだ。
後になって謝っても、もう遅いんだからな。
などと涙目で瑠美をにらみつけていたとき。
瑠美の右手が奇妙な動きをした。
人差し指と中指を交差させて、クイクイっと手首を曲げている。
「え」
そのサインには見覚えがあった。
というかオレが考えたサインだった。
その意味は――『秘密基地に集合せよ!』
■□■□■
放課後、裏山に来ていた。
山腹の浄水場まで伸びる市道を抜け、途中の獣道で脇にそれる。
目的地……秘密基地はそこから五十歩ほど歩いたところにある。
その基地の入口で、彼女はすでに待っていた。
「瑠美……はあっ!?」
驚く。
瑠美がいたことにではない。そこはさっきのハンドサインでわかる。
得意げに腕組みしている瑠美の後ろで、十年前に作った秘密基地がいまも健在だったのだ。
「ふっふっふ。どーだー! ばばーん!」
自慢気に基地を見せる瑠美。
ひらりと制服のスカートが舞った。
「どうだって、え、なにこれ、なんで? なんで基地が無事なの?」
ダンボールで作っただけのホームレスの家より粗末な基地だった。それに十年も経つのだ。あの後に雨も風も、台風だって何度も来ただろう。
それなのに無事なのだ。
いったいどうして?
「ていうかまず瑠美、オレのこと覚えてたんかい」
「は? 覚えてた?」
「てっきり忘れられてたのかと」
一瞬虚をつかれたように止まると、ちょっと泣きそうな顔で。
「こ、こーたを忘れるわけないじゃん! なんでそんなこというのー!」
涙目でぽかぽかと胸を叩いてくる。
十年前と変わらない距離感、十年前と変わらない口調。
じんわりと温かい何かが込み上げてくる。
「いやでも、おまえ教室でオレのこと無視したじゃん」
瑠美はぱちくりと瞬きした。
そしてむっと不満げな表情をうかべた。
「こーた、ま、待ってよ、それ本気で言ってるの?」
「なにが」
「他の奴の前では話しかけるな、ハンドサイン使えって、私に言ったのはこーたじゃん!」
…………。
……。
「あっ」
たしかに十年前。
秘密のハンドサインに興奮してそんなルールを決めた気がする。
そして撤回することなく転校してしまったという気もする。
「うえーん、やっぱり忘れてたんだ!」
泣き出す瑠美である。子どもである。
「すごくすごく話したかったのに! 我慢してルール守った私がバカみたいじゃん!」
いや律儀にそんなルールを守ってるとは思わんだろ普通。
「す、すまん。もう普通に話していいから」
「っ!? ほんと!?」
ぱあっと怒った顔がひまわりみたいな笑顔になる。
「やったあ! これで学校でもこーたとたくさんお話できるね! わーいっ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる瑠美だった。
感情豊かなのは昔っから変わらないようだった。
オレと話ができるのがそんなに嬉しいのか……思わず笑いが出てしまう。
「で、もうひとつ疑問があるんだが。なんで秘密基地が無事なんだ?」
「だって私は門番だよ」
「は?」
「門番は基地を敵から守るもん。雨や風といった敵からも守るもん」
十年前に確かにオレは瑠美に秘密基地の門番を命じた。
しかし。
「雨風から基地を守るのは、拡大解釈過ぎないか?」
流石にそれは門番の仕事ではない気がする。
「あう……私も薄々、壊れた基地を直すのはちょっと違うかなあって思ってはいたよ」
瑠美がへにょへにょと力を失っていく。
「思ったならやめろよ……」
「で、でもさ。こーたが帰ってきたとき、基地が壊れてたら怒られるかもだし」
「む」
「それに……たくさん宝物もしまってあるし。壊れたら私だって嫌だよ」
「……」
「だから台風で壊れても直したんだ。おかげでDIYは得意になったよ、えへへ」
照れくさそうに笑う瑠美だった。
なんつーか。
ハンドサインの件といい、基地の門番の件といい。
十年も前の約束を愚直に守って。
こいつは――。
「バカだな」
「あう」
自覚していたらしく反論しない瑠美だった。
オレは続けた。
「でもいいバカだ」
「えっ」
「覚えててくれてありがとな。嬉しかった」
「……」
瑠美はしばらくぽかんと口を開けると。
「うん! こっちこそ、思い出してくれてありがとねっ!」
そしてとびっきりの笑顔を浮かべた。
両腕を広げて瑠美は言った。
「おかえり、こーた!」
そしてオレ達は二人で秘密基地に入った。
十年経っても変わらないものはあるのだなあ、と思いながら。
――その後。
基地の中が狭すぎて、瑠美のやわらかくおっきなのがオレの腕やら足やらに当たって、あとすごいいい匂いがして、十年経って変わったものも実感したのだが、それはまた別の話。