第25話「黒天羽二刀」
「あんたってさ、生きててよかったーって、思ったことある?」
「…………っ、は?」
リリは急にやけに哲学的な問いかけをよこす。
「だってあんたさ、今死ぬほどつらいでしょ。こんだけぼっこぼこにされて、痛い思いして。最愛の美波ちゃんを裏切って美波ちゃんもぼこぼこにされて。こんな絶望ある?って感じだよねー。うける」
リリの言葉通り、わたしは完膚なきまで殴られ、何度か殺された。
今は場所をわたしの学校に移している。
家だと騒ぎになるからだと。学校でも騒ぎになるだろ。
「…………」
「ま、答えらんないか。ちなみにねー、私はないよー」
わたしが考える間を奪って、リリは淡々と言い放つ。
「私大富豪の分家の生まれでさー。分家の子は本家の子にいじめられ放題。そりゃひどい人生のスタートだったよ。なんでわたしを生んだんだって何度も、何度も思った。でも能力手に入れてからみんな手のひらくるーって感じだし。分家のやつはぼっこぼこにしたよね。本家のやつはまだだけど」
「……なにがいいたいの?」
「うーん。そうねぇ。私さ、人間が手のひら返す瞬間とか、裏切る瞬間たくさん見てきたの」
リリはどこか遠いところを見る目で、空を見上げながら言う。
「だからさ、この世に綺麗な人間なんていない。私はいろんな人に現実を見せてあげてるの。これは慈善活動なの」
にっ、と笑って、まるでこれが大義かのように自分に酔っている。
「……きもいね、リリ」
「ふふ、そう思う?でもメイだって黒岸のこと忘れて私にまんまとつられちゃってさ。うける」
「…………」
「この街に黒岸が現れたのには驚いたよ。初めて見たのはtikt〇ckに写ってた黒岸とあんた」
美波と会ったばかりの時のことだ。ひったくり犯を追いかけた時のこと。確かあれのせいで高原先生に美波と一緒にいることがばれたんだっけ。
「んで、次はショッピングモールでの一件」
リリとも一緒に行ったショッピングモール。あの時も事件があったって話をしていたが、知っていてのことだった。
「あの現場私もいたんだよー?もうメイ死んじゃってたけど」
確かに、わたしはあの場で殺されていた。目が覚めたころにはもう事件は終わっていた。
「それで不死身のあなたを知ってさ。つい興味持っちゃった」
「……そう」
「私の目的は黒暗天一人なんだ。でも、それと一緒に生きてるあんたにも近づいた。メイと、黒岸。二人ともまとめて地獄に落としてから叩きのめしたかったんだー!ふふふ」
嬉々としてリリは語りだす。子供のように無邪気に。
「……さいっあくな性格してるね、リリ」
「ふふ、ありがと。私もメイと黒岸のことよく知れてよかったよ」
宙をさまよっていた青い瞳はもう一度こちらに向き直る。
「私とあなたはやっぱり似てる。薄っぺらいところもそうだし、何かにすがっちゃうところも。でもそれって無駄なんだ。どーせ裏切られる。結局だめなんだ、信頼なんて。それを知ることになるよ。ちゃーんと裏切られて、黒岸ぼっこぼこに殺して。そしたら、私の女になりなよ」
ぺらぺらの信念。たしかにわたしの考えてることってその程度なのかもしれない。
リリの告白も本当は何も思っていないんだ。薄っぺらい意思だから何度も言えてしまう。口にだせる。
わたしも、それと同じだといわれている。
自分では懸命に出した答えでも、誰かにとってそれはなんの意味も持たないぺらぺらの理論で。吹けば飛ぶようなものなんだ。きっと。
でも、それでいい。
決めたんだ。わたしの歪みは、一生かけて取り返す。もう逃げない。
「死んでもごめん。わたし死なないけど」
「へーうけるー」
見た目も、人との接し方もまったく違っても、芯の部分では近いのかもしれない。どこか達観した気になって、どこまでも子供。
「リリの方こそ、裏切られると決めつけて何もできてないんじゃないの?」
「は?」
「だってリリは、裏切られるとか、信頼できないとか言ってるけど、リリはその裏切られたやり方そのままやってるだけじゃん。なんにも変わってない」
「は」
「自分がされて嫌なことするな。小学生でももっと小さい子でも教えられることだよ」
「ふん。そんなんじゃ社会は回んないの。お子様のくせして一丁前に語ってんじゃないの」
「わかるよ。リリの気持ち」
「……なに?偉そうなこと言わないでくれる?」
「わたしも、傷つきたくない。自分が与えて、それをもらえなかったら。もしできなかったら。できないときのことばっか考えちゃう。でも、自分が信じないと始まらないんじゃない」
「……まぁ、よくもそんなわかったような口きけるね」
「似てるっていったのはリリだよ。私と思ってることが同じなら、リリもそう。同じ、臆病者」
「……!うるさいっ」
ガシャン!
リリは近くにあった大きな缶を蹴りつける。
「ものに当たって、わたしに当たって、気は済んだ?」
「なんなのあんたっ……」
「じゃあ、さっきのお返し。わたしはリリのこと、嫌いじゃないよ。わたしとおんなじでうじうじして、臆病なところが」
「……っはぁ……!?」
「わたしたちは負けないよ。あなたみたいな臆病者に」
――
「……はぁっ。はぁっ」
急いで学校の階段を駆け上がる。
強い気配は屋上にある。間違いなく、メイと白峰は屋上にいる。
傷はまだ癒え切っていない。メイの家で応急処置をしてもらった程度だ。
だが、そんなの関係ない。私は、守られた。だから、今度は——
ガチャ。
屋上の扉を開ける。
屋上の真ん中にいる2人の人物。そこには、リリと、血まみれで倒れたメイが倒れていた。
死んでいるかどうかは、まだわからない。
「………………はぁ、メイ……」
私が声を掛けても、誰の返事もない。
夜の学校はひどく静かで、目の前に息を荒げる白が嫌に目立つ。
「ふー、ふー、はぁ……。マジでサイアク。クソガキがペラペラ説法垂れてくれちゃってさ。マジでムカつく。私がここまで来るのにどれだけ苦労したと思ってんの!!!」
何があったかはわからないが、白峰が怒号をあげる。どうやらメイが白峰をちゃんと削ってくれていたみたいだ。
「……………………み…………な……み」
息も絶え絶えになりながら、こちらに気づいたメイは私のことを呼ぶ。
私も、この姿に応えなければいけない。
「……私はメイを、救いに来た。だから、安心して寝てな。メイ」
遠くで倒れているメイの目を真っ直ぐ見て、応える。
メイは意識を落とし、その場で倒れる。気持ちは伝わったかな。
「はっ、かっこいいじゃん。コロス」
完全にメイにぶち切れていた様子の白峰は、適当な相槌をしながら屋上の地面を踏みしめて豪速でこちらに突っ込んでくる。
「…………」
まっすぐ飛んでくる分、動きは読みやすい。
ふっ、と横に躱すだけで簡単によけられる。
ドォン!!
鉄の体と全速力により加わった力が屋上のドアごと吹き飛ばす。ドアに激突して勢いは消え、白峰は塔屋の中にいる。
ここにはメイもいるから奥の手は出しづらい。
でも、これなら、勝てる。メイのおかげで。
ドアがはじけ飛んだ勢いで塔屋においてあった消化用の砂が散っている。まだ視界もはっきりしない中、あえて白峰の方へ突っ込む。
気配だけを頼りに、白峰を切りに行く。足は鉄だから、避けながら。
まっすぐ、体の気配に向かって。斬れる——!
カンッ。
剣は地面に弾かれる。いや、地面よりももっと硬い何か。まさか……。
「悪いけど、私、足以外も鉄なの」
金属に感じたのも一瞬、私の真横を風が通り、背後に向かって吹く。
「…………ッ!」
剣が弾かれたことによる一瞬のインターバルを利用して、気づけば後ろに回り込まれていた。
ガキィン!!!
何とか振り向き剣を滑り込ませ、足で蹴られる寸前で受けきる。
「くっ……」
受けた体勢が悪く少し後ろに飛ばされる。
これは、まずい……。
「しねっ」
片足をつけていた白峰はそのまま弾かれ反った体を推進力に再び前蹴りを繰り出す。
「……ぐっ」
バァン!
思いっきり胸をけられながら地面にたたきつけられる。
ミシッ。
「…………か、ぁっ」
踏みつけられた胸の骨が折れるのを感じる。
あまりの力に、全身の力が抜ける。
「あんなボコられてまた来るとか舐められすぎなんだけど。どんだけメイのこと好きなんだか」
コツ、コツ、コツ。
仰向けに倒れた私の耳に届く情報は、白峰が私に背を向けてメイの方に向かっていることだ。私は負けたのか。
「ねぇ、黒岸。聞いた?メイって私のこと好きなんだって~。あんたはフラれたの。体も、心も、敗北者」
「…………」
なおも白峰は歩みを止めず、メイの方へ向かう。
「あ、もう死んでるわ、これ。じゃあ次起きた時びっくりするだろうね。生き返ったら最愛の美波ちゃんは死んでて、私以外に縋る先はなくなってるの。ふふふ、ふふふふふ」
白峰の煽りも、狂気じみた思想も、今の私にはどこか通り風のように過ぎ去る。
自分の意思の無い飾りの言葉。自分以外への執着に取り憑かれた意味のない言葉。
「……ちょっと待って、なんであんたまだ立ってるの」
もう一度立ち上がる。何度折られても、折れてないから。守られてばっかりじゃいられないから。
「あれだけ喰らっといて、効いてないわけないよね!?」
「…………」
白峰に改めて向き直ると、白峰の言う通りメイは完全に死んでしまっているようだ。
戦えない相手に、そこまで残酷に。よほど図星なことを言われたらしい。
「……じゃあ、私からも一言」
「はぁ?」
「……自分以外のことばっか気にしてたら、いつまでたっても弱いままだよ、それに─」
「……………………はぁぁぁぁぁぁ!?!?」
話の途中なのに白峰は今度こそ本気といわんばかりのトップスピードでこちらに向かってくる。
この速さはさすがの私も見切れないかも。でも。
今なら使える。
「黒天羽二刀」
もう一つの剣を、顕現させる。
「はっ、これが奥の手ってわけ?でも、今の私のスピードならっ——」
ザクッ。
白峰が私を過ぎたころには、勝負は決していた。
「……それに」
「メイは、私のものだから」
白から斜めに溢れた赤が、黒い夜風に舞う。




