第24話「敗走」
「くっっっっそつまんなかったよ。あんたらのおままごと」
美波を軽く吹っ飛ばしたリリは、何の感情もこもっていない笑みを浮かべながら冷酷に言い放つ。
「……リリ」
「あら、いい顔になったじゃん、メイ」
「わたしは、もう逃げない」
「じゃあさ、私の女になりなよ」
誘うように、ニィッと怪しい笑みを浮かべてリリは言う。
「何言って……」
「私、やっぱりメイのこと気に行っちゃった。クソみたいに後ろ向きで、何にもできなくて、軽くて、寂しさを埋められるなら他の女についていく。メイは私に似てる。重いようで軽い。ぺらっぺら」
「…………」
何を言われても、知らない。
それが本当だとしても、もう迷わない。虫が良すぎるかもしれない。都合がいいかもしれない。でも、これから証明しなければいけない。
「はぁ……。つまんな。なんかいえよ」
リリがあきれたようにわたしたちを一瞥する。でも、別に答えは決まってる。
「何言われてもいいよ。わたしだって薄っぺらい。あなたもそう。でも気づいたの。守られるだけじゃダメだって」
「ふーん、そ。がんばりな」
リリは興味ない、とでもいうように、つまらなそうに返す。せっかく答えたのに。
「…………メイ!」
吹っ飛ばされた美波がふらふらと足を引きずりながら戻ってくる。でも、今までの戦いから、これ以上は美波が殺されちゃう。
「……美波、逃げて」
わたしの覚悟を、聞いてもらう。
「……え」
美波は、信じられないというように目を丸くしてみている。
「わたし、死なないもん」
「……でも」
それでも美波は食い下がってくる。まるで現実を受け止めたくないというように。
でも。
「美波!!」
「……!」
少し、大きい声を出す。
美波に、伝わるように。
「わたし、今なら美波を守れると思うんだ。美波は初めにわたしを守れるって言ってくれたけど、やっぱり守られるだけじゃダメだったんだ。だから、わたしも美波を守る」
「…………っ」
美波は絶句している。わたしに守られることを、きっと受け入れられていない。
「はやく、美波!」
「……」
美波が全く動けていないのでわたしから動く。
リリの方へ走り出し、体に抱き着き、倒れこむ。
初めてぶつかったときは電柱かと思ったその体が、勝手に倒れていく。
「ふふ、どったのメイ?私のこと好きになった?」
「ふん、リリこそ避けないんだね」
「そりゃあ、黒暗天が情けを掛けられるところだよ?めっちゃおもろいじゃん」
黒暗天。確か美波の二つ名だった。
わたしの覚悟を聞いたうえで美波を踏みにじろうとする、そこはかとない意地の悪さが感じられる。
どさっ。
二人で倒れ落ちる。
「…………っ」
後ろで美波が駆け出す足音がする。
――
「……はぁ、はぁっ」
走る。現実から逃げるように。走る。
なにも受け入れられない。なにもない。私には何も、ない。
「…………はぁ、ぅぐっ、はぁ………………」
受けたダメージとここまでの走りで息ができなくなる。胸に詰まってうまく呼吸ができない。
でも、そんなことどうでもいいというように胸に充満するのは後悔。
なにも、守れなかった。
私が、守るといった意味。犠牲を払ってでも、関係ない。メイと一緒にいられるなら、鬼にでも悪魔にでもなる。そう決めたそばから。
私は何もできない。私は無力だ。私は——。
「美波ちゃん?」
「…………?」
ふと、たった一人にしか呼ばれたことのない呼び方で呼ばれる。
顔を起こすと、そこにはメイのお母さんがいた。
「美波ちゃん、久しぶり……。私病院行ってた帰りで、美波ちゃんどこ行ってたの……?あれからメイも元気なくて……」
「うん……私は……」
家出をしてから何をしていたか。その答えは特にこれ、というものはない。
今までのようにカツアゲして食料を稼ぎ、町の人から奇異の目で見られながら——。
メイとのことばかり思い返していた。
はじめて会った時のこと、金城と会ったこと、メロンパンをくれたこと、買い物したこと、一緒に怒られたこと。
全部思い出せる。
いままで、私に思い出したい思い出なんてなかった。
私の人生は、空虚な意味に張り付けられていた。誰かから与えられたもの、誰かの答えにならないことを押し付けては自分の意味だ、と言い聞かせて生きてきた。それより前のことなんて思い返したくもない。
でもその積み重ねのおかげで気づけた。メイこそが意味だと。
だからこそ私はメイから離れられなかったと。
そう思った時、私はメイの気配を追っていた。
メイに大きな殺気が近づいていると察知した時は隣のビルから殺気に向かって飛び込んだ。
でも、ダメだった。
私は、なにも守れない。
そんな私は、何のために生きてるんだろうか。
「美波ちゃん、美波ちゃん!!」
声を掛けられて顔を上げると、メイのお母さんは心配そうにこちらを見ている。
つい、これまでのことを思い返して落ちてしまっていた。
「美波ちゃん、一回家に来な?」
――
「美波ちゃん、お茶飲む?」
「……うん」
「メイもさ、美波ちゃんに素直に伝えたいなー、と思ってると思うんだよ?」
「…………」
「あの子も素直じゃないからさ、美波ちゃんが謝るまで謝んない!ってね。でも、あの子は毎日ため息ついててさ。恥ずかしいから私には言わないけど。目に見えて落ち込んでてさ」
「…………」
「美波ちゃん、メイとちゃんと話してあげてね」
「……うん」
「あの子もきっと、寂しがってるから」
「………………うん、うん……………………」
自分の情けなさに、いやになる。
自分の拳を血が出るまでめいっぱい握りしめる。
視界が歪み始める。メイとちゃんと話せたのか。私は、逃げてばかりで、挙句の果てに守ってもらってしまった。
前を、見れない。メイのお母さんを直視してしまったら、私は、私は。
ぽふっ。
なにかに、抱きしめられた感覚がした。
温かい腕。人生で、初めての感覚だった。
心の底から安心してしまう。
ぽんぽん。
頭を撫でられる。
自分が毛布よりもなにかもっと分厚いものに包まれている感覚。体だけじゃない、心が温かくなる感覚。
この世には、こんな感覚もあるのか。
いつまでもここで温く生きていきたい。そう思ってしまうほど甘い世界。メイもこうやって生きてきたんだ。
でも、私は違う。甘い世界に浸かるのは一瞬でいい。私は、彼女を甘い世界に返してあげたい。
「……ありがとう。もう、落ち着いた」
「そう?ならよかった。美波ちゃん」
「いつもメイのことをありがとうね」
もう視界は晴れている。
「……こちらこそ。これからも」
「あ、そういえばさっきうちに来た同級生の子が……」
ピンポーン。
家のベルが鳴る。
「はーい」
メイのお母さんは来客に出ようと玄関まで向かう。
ガチャ。
ドアが開くと、そこに現れたのは金城だった。
「ねぇ、黒岸!?メイはいないの!?なんだよ!私こいつと一緒嫌なんだけど!!」
いきなり失礼な奴。
「……白峰のこと?」
「白峰?誰それ?そんなよりメイと一緒にいた白いやつ!あいつやばいでしょ絶対!」
「……それが白峰」
「そうなの!?」
こいつも白峰みたいに騒がしいやつ。まあ、あいつとは違うけど。
「あいつ私を値踏みするみたいに見て!さすがにあの場で追い出せないけどさ!あんたくらいじゃないと勝てなそ……」
金城も白峰と会っていたらしい。金城は言いかけて私の顔を見て言葉を止める。
「てか、なにその傷……。まさか、あんたやられたの?」
「……うん。負けた」
私の傷に気づいた金城はそういうと、私の答えに信じられないとでもいうように目も口もかっぴらいて呆然としている。
「あんたが……負けたの?」
「……うん」
紛れもない事実。私は白峰に負けて、メイに守ってもらってしまった。
あの時、逃げずに戦うこともできたはずだ。それでも、逃げてしまった。メイに気圧された。私は白峰と、メイに負けたんだ。
「私、メイに守ってもらっちゃった」
「は?あんた、まさか……」
「メイは白峰に捕まってる……。多分」
「ちょっと!?どうすんのよ!?」
「……それを今から考えるんだろ」
「は!?なんでそんな呑気に……」
金城は私が負けた事実に相当慌てているようだ。
「あ、1回お茶入れようか……?」
こんな状況でもメイのお母さんはマイペースだ。
――
「はーいどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「……ありがと」
改めてお茶を入れ直してもらった。
「じゃあ、私は外してるね。お邪魔しちゃ悪いし……」
「……ありがとう」
何かを察したのか、メイのお母さんは席を外して自室に戻ってくれた。大人って悪いやつばかりなのかと思っていたけれど、そうじゃない人もいるみたいだ。
「……さて、」
「どうすんのあんた」
金城は改めてこちらに向き直り、問い詰めるようにこちらに聞く。
「……メイは絶対に取り返す」
「……だって、私があんなのに負けるわけないんだから」




