第3話「命知らずと恩知らず」
学校に行きたくない。
多分学生なら誰でも1度は思ったことがあるはずの感情。
それはきっと授業が面倒臭いとか、朝起きるのが辛い、とか。
わたしなんて学校に行けば半目で授業を受けながら終われば即帰宅するだけ。
そもそも行く意味があるのかとすら思ってしまう。
だからといってことはそう単純でもないと思う。
学校という、学生という限られた帰属先があるからこそ、わたしは学校へ行っているのだと思う。
メリット、デメリットの話では無い。
学校に行かないゆえの帰属のない孤独というのも、また恐ろしいものだから……。ふっ。
と、言いつつもわたしは単に友達がいないから学校に行きたくない。というか楽しくない。
いや、全くいない訳ではないのだが、週一で話すか話さないかぐらい仲なので約86%の確率でわたしは今日ぼっちになる。
実際のところ、原因は自分にあるのはわかっている。
人に自分をさらけ出せない。人に合わせるのに疲れる。そのせいで中学の時も仲のいいグループに自分から離れてしまった。そんな矛盾を抱えるお年頃なんですぅ~!!
いつか心から許せる、そんな運命の人は現れるのでしょうか~。
……ちょっと感傷に浸りすぎたかな。
こんな後ろ向きだからいけないんだ。
突如イケメンがわたしに話しかけてくれたりしないかなぁー。でも同性の友達すら少ないわたしがそんな飛躍したこと出来るわけないか……。はいはい、そうですよそうですよーだ。
結局後ろ向きになるわたし……。
じゃあもう女の子でいいから誰か来て……。
「ちょっとあなた」
なんか幻聴するー。
そんな都合よくわたしに話しかけてくれる人なんて……。
「そこのあなたよ、水色の」
どうやらわたしに話しかけてるらしい。
……わたしに!?
「はいっ!なんでしょうか!!」
わたしは期待に満ち満ちた反応をする。
だが、そんなわたしの反応もむなしく、
「そのスカート、校則違反でしょ」
冷たい一言があびせられた。
まさに横から冷水を食らったみたいに。一瞬言われた意味が分からなかった。
わたしが話しかけられたのは毎週月曜日に校門前で身だしなみチェックをしている風紀委員だ。
多分同じクラスの1年生だと思うけど、名前を覚えられていないのが悲しい。まぁわたしも名前覚えてないんですけどねー。
風紀委員に言われた通り自分スカートを見てみると、確かに短い。というか、いつもあるはずの丈がなかった。
思い出すのは4日前のこと。初めて美波と会った日だ。
あの時は確か、美波に足をちょん切られた。そのままスカートも切られたんだった。
次の日には気づいていたけれど、あの日はあのまま学校に行かずじまいだったし。
土日を挟んですっかり忘れていた。
確かにこれは校則バリバリに違反している。直さないといけない、のだが。
切られてるんじゃ直しようがないしなぁ……。
どう切り出せばいいのやら。
「えっと……その……」
「?なに。はやくスカート直してよ」
はやく、と急かすように少しいらだった声で風紀委員はわたしを冷たく見る。
うーん。これは、無理!
「あの……直んないです」
「はい?」
「いや、その、ないんです。スカートが」
「……??どういうこと?」
「いやぁ……だからないんですよ。スカートが」
「いやそれは聞いたけど」
そう言って風紀委員がわたしのスカートをつまむ。
周りに人いるんですけど……?
しかも短いからもうおパンツ見えちゃうんですけど……??
というかわたしの格好かなり痴女ってる……?
「うっわほんとにスカート切れてる……。あなた真面目そうなのに……」
ものすごい誤解を受けている気がする。
「いや、あの……」
「あー、もういいから。今日はとりあえず学校の貸し出しのスカートはいて。今日のところは見逃したげるから」
「いやー…………」
あ、もうこれ無理なやつだ。
もうこの人とは仲良くできる気がしない……。
――
スカートを隠しながらなんとかレンタルまでこぎつけた。
しかし人の話を聞かないで決めつけるなんて。
ひどい人もいたもんだ。ぷんぷん。
「あら、水無月さん?」
すこしヤな気持ちで教室へ向かおうとしていたところ、わたしを包み込むような柔らかい声が聞こえた。
見ると、担任の高原先生だった。
高原先生はゆるふわな雰囲気が人気の優しい先生だ。
わたしにも話しかけてくれて優しいから好き……。
「あ、はい。おはようございます」
「はぁい。おはようございます。朝からお早いですね」
「はい、今日はちょっといろいろありまして……」
「あ、聞きましたよ〜。スカートのこと。クラスのみんなには内緒にしておきますからね〜」
「は、はい……。ありがとうございます……」
はぁ〜天使。
なんでこんなに可愛い人がわたしの担任なの?いっつも運が悪いわたしへの神様からのプレゼント?
どっかの真っ黒あほあほ殺人鬼とはえらい違いだ。
こうしてわたしは黒歴史を生産しながらもなんとか学校生活は守れたのであった……。
――
一人歩く学校の帰り道。
はぁ。
今日も特に何も無かった。
朝にあったこと以外は特に。朝いろいろありすぎて授業ほぼ聞いてなかったし。というか寝てたし。朝以外一言も発していないし。
なんと充実しない一日……。
もう夕方だ。
久しぶりの学校で疲れたわたしを照らすような夕焼けが眩しい。
部活がない生徒達はまばらだがぼちぼち帰っているのが見える。周りの人達が複数人で話しながら帰っているのを見ると1人の自分が少し惨めに思えてくる。いや、少しどころじゃないわ。圧倒的に惨めやわ。わたし。
……と。人通りの多い大道路を過ぎると人通りが少ない住宅街の路地にたどり着く。
人が少ない場所は好きだ。
自分が一人でいることが正当化されてるみたいで。一人サイコー!!
と一人の喜びをかみしめていたところで、もっとも会いたくない人物と会ってしまう。
「「あ」」
いつものコンビニを通り過ぎようとすると、もはやコンビニに住み着いているかのような土着神少女と出会った。
彼女は美波。
出会い頭に人をぶっ殺すあたおかシリアルキラーだ。
何を隠そうわたしも1回この少女にぶっ殺されている。いまだに許していない。
土日を挟んで2日ぶりに会ったが変わらずやべぇやつオーラがにじみ出ている。近づきたくない。
「……めろん」
「はい?」
久しぶりに会ったが美波は特に気にする様子もなくわたしに詰め寄ってくる。
「……メロンパンを、かえー」
ずいずい、と美波が顔を近づけてくる。
こいつ、顔だけはいいな……。
ずいずいずい、と美波はこちらに配慮すること一切なくどんどんと顔を詰めてくる。
ちょっと、顔ホントに近い……!
くっついちゃうから……‼
「くっ、一個だけだかんな……!」
あまりに近すぎてほぼブリッジみたいな体制になったわたしは、目を逸らしてさっさとメロンパンを買いに行ってしまった。
くそ、こいつめ……!
「はい、こちら120円でーす」
「はい」
財布を開けるとそこには100円玉一枚と10円玉が数枚しか入っていなかった。
もうこれ買ったら所持金なくなるじゃん……!!
何でお金が無くなってしまっているのかというと、原因は間違いなくあいつにある。
2日前に美波に財布を盗まれたことを思い出した。
「ありがとうございましたー」
「はぁぁ……」
「……お、メロンパン出てきた」
人のことをメロンパン呼ばわりすんなこの野郎。
「美波。言っとくけど、もうわたしお金ないからね。どっかの誰かのせいで」
睨むように美波に告げると、買ってきたメロンパンをぽい、と投げつける。
「……これが最後のメロンパン…………」
これで美波の呪縛からこれで解き放たれた……。
「……あ」
「?どうした美波」
美波は何かを思いついたかのようにこちらに再び振り向く。
「……じゃあ、おまえんちいく」
「は?」
――
「あい、ここですよー」
少し不貞腐れたまま美波を家に連れてきた。
「……ん」
美波はそれに大した反応もなくわたしより先に家に入っていってしまう。
こいつに遠慮というものはないのか。
「ただいまー」
玄関を開けて家に入るが、返事はない。お母さんは今外出しているので家にはわたし一人のはずだ。
「あ、そうだ美波、私のことはちゃんと水無月って呼んでよね、一応友達設定なんだから」
「わかった。メイ」
こいつ話を聞いているのか……?まあいいか。
でも下の名前覚えてたんだ……。
「あ、あともしお母さんが帰ってきてもホームレスですー、とか人ぶっ殺してますー、とか言っちゃだめだからね?」
「…………うい」
「はいじゃあ、美波はあそこ座ってて」
「……うい」
美波は分かってるんだか分かっていないんだか曖昧な返事を返す。不安だ……。
でも一応ちょこんとリビングのソファに座ってくれた。
ただ、そこから動かない。
テレビをつけることすらせずに微動だにしない。
何かさせとこうかな……?
「み、美波。一回お風呂入ってきたら?」
「……なんで?」
「え、いや、いっつも美波お風呂入ってないでしょ?だったら入ってきたら?」
「……よく入ってないってわかったね」
いや、その佇まい見れば誰でもわかるよ……。
髪も油でぎっとぎとだし、顔もちょこちょこ汚れが見える。服もボロボロだし。
「……お風呂、どこ」
「あ、そこのリビングの奥の部屋」
「……一緒に来て」
「はあ」
そういうと美波はわたしの腕を引っ張っていってしまう。
こんな人に振り回されるなんて久々だ。
なんだか妹ができたみたい。わたしは一人っ子だったからずっと妹か弟がほしいと思っていた。
というか一人っ子だからこんな性格になったのかなぁ。得意なことは一人遊びです……。
「……ねぇ、一緒に入って」
「はいっ⁉」
風呂場の前までくると美波は衝撃的な宣言をした。
「……人の家だから、シャンプーとかよくわからないし」
「いや、えええええええええ⁉」
――
「ど、どうですか、みなみー」
「……ん、いい感じ」
美波のご機嫌を取るようにたどたどしい口調でわたしは今、美波の背中を流している。
何でこういうことになったかというと、なんでだっけ。
他人とお風呂に入るなんて中学の修学旅行以来な気がする。
人に裸みられるの好きじゃないんだよなぁ。
とか言いながらちらちらと美波の裸姿に目が移ってしまう。おっさんなのかな、わたし。
美波の体は凹凸少な目な華奢な体で、いくつもの修羅場を乗り越えてきたであろうことがうかがえる傷跡が背中からも無数に見える。見てるこっちまでなんだか痛く感じてきてしまいそうだ。
聞きたい気持ちもあるけれど、ちょっと怖い気持ちもある。ていうかわたし背中を結構ごしごししてるけど痛くないのかな。
なんだかそう思うと肩に力がきゅっ、と入ってしまう。
「ねぇ、メイ」
「はい、なんでしょうか……」
あまり口を開かなかった美波が、自分から話題を出そうとしていることに驚く。
「……メイにとって、家族って何」
急に哲学的な質問を投げかけてきた。
家族って何と言われてもなぁ……。
「うーん、帰るべき場所、とか?」
我ながらちょっと恥ずかしいセリフをはいた気がする。
キメすぎたかな。
「……そっか」
この黒歴史セリフにも美波は大した興味を見せない。ちょっと悲しい。
だが、どこか安堵したような声が漏れていたのは気のせいだろうか。
「……ふぅ」
すとん。と美波が後ろにいるわたしの胸に寄りかかってきた。
美波の短めの髪の先端がチクチク当たって少しこそばゆい。
「美波、どうしたの」
「……メイはなんだか安心する」
お風呂の中だというのにまったく無防備な奴だ。でもちょっと妹っぽくてわたしも安心してくる。
でも、いままでこの子が一人だったことを思うと、なんだか……。
「…………そりゃあどうも」
わたしはこう返すので精一杯だった。
――
お風呂から出た後は、美波の髪を乾かしてあげた。やっぱりこの子はわたしの妹なのでは??
妹がいるってこういうことなんだなぁって感じられた良い機会でしたまる。
お風呂も済ませちゃったところで、この後は何を食べさせるかだが……。
カップ麺でいっかぁ!!
「はい、じゃあ美波ここでテレビ見てて」
「……うん」
美波は大分わたしの言うことを聞いてくれるようになった。
テレビでよく見る犯罪をした若者を更生させる番組を見てるみたいだ。
ここ4日間のことを考えるとなんだか泣けてきた。
「5分くらいでできちゃうから待っていて~」
「……うぃ」
相変わらずわかってんだかわからない反応を返してくる。
まあそんな可愛げのない美波のために今回は作ってあげましょうか。インスタント麺を。
やかんを取って水を入れる。
火をつけたらあとは放置するだけ。
あぁ、なんて簡単にできるのでしょう。
ちらりと美波のいるリビングの方へ目を向けると、美波は微動だにせずテレビとにらめっこしていた。
見ているのはどうやらなんの変哲もないバラエティ番組だった。夕方にやっている魚を釣って料理をするタイプの。
あんな真剣に見て、内容を理解しようとしているのか……?
「美波、テレビってそんなに真剣に見なくてもいいものだからね……?」
「……いや、私、初めて見た。テレビなんて」
「……」
驚いた。美波の境遇がただならないものであることは伺えるが、テレビが見れないって。
本当にこの子はどうやって生きてきたんだ……?
同情。
さすがに美波に対して思うところがない訳ではないが。
でも、美波を見ているとなんだか心がざわつく。
がちゃ。
美波に見入ってしまうわたしの意識を引きはがすように、玄関の扉が開く音がした。
これはまさか。
「ただいま~」
どうやらお母さんが帰ってきたみたいだ。
このタイミングで。さいっあくのタイミングで!!
ポー、とお湯が沸騰する音が聞こえる。
お母さん、お湯、美波!この3つがいまのわたしを混乱させている!!
どうすればこの状況を切り抜けられるんだっ!!
「あらあら~。そちらの女の子はどちら様?高校のお友達?」
やっぱり気づいてしまった。隠すことなどできないとは思っていたけれど。
問題は美波の方だけど……。
「…………」
美波はゆっくり立ち上がり、口を開く。凛とした態度で。
「……私は美波。家がないからここに来た。職業は……強いて言うなら殺人鬼」




