第23話「白黒分明」
何が悪で何が善か。私は知らない。
人を殺すことは悪。そういわれた。実際私は命令通りに仕事をしていたらいつの間にか殺される命令が下っていたみたいだし。
日本に蔓延る悪を秘密裏に倒す。その名を与えられた私は駒の一つに過ぎなかった。
日本史や世界史で出てくる戦乱の世では、多く人を殺した人間が賞賛された。でもそんな世界から日本はまだ百年もたっていないし、今でもそういう国があることも知っている。
私がどうあろうと、私は私だ。居場所がない自分に、居場所を与えてくれたのはこの仕事だ。
人を殺すことを覚えてしまった私は、どうやっても切り離すことはできない。
そう思っていた。
人を殺すことを生活の一つとしていた私を変えた人。
私はその人に強く否定を返すことができない。
この人は怒っているんだ。
それが悲しくて。
今までなら、殺して逃げ去っていたかもしれない。でも、逃げたくない。
私の生きがいを、奪った人。
でもその方がなんだか、楽しい気がして。
――
バリィン!!!
静寂を突き破るような轟音。
高級マンションの分厚い窓が破られる音。
「……みなみ」
か細く聞こえる声。でも、それが私の意義になる。
カラン、と包丁が床に落ちる。包丁の持ち主は私の乱入をわかっていたかのように、こちらにゆっくり向き直る。
「……でたね、黒岸」
決して焦らず、私と目を合わせる。
白いまつげに隠れた青い瞳が、温度を上げすぎた日のように、燃えて見える。
「……美波、なんで……」
つかまったままのメイは、泣きそうな顔でこちらにすがるように顔を向ける。
いや、さっきまで泣いてたみたいだ。目元が赤くはれている。
それに、口から血も出ている。殴られでもしたのか。
あと、知らないイヤリングもつけてる。勝手に色気づいてる。
「……メイ、バカみたいな格好してるね」
「あ!?」
よかった。まだ元気らしい。
「黒岸美波。私、あなたと会ってみたかったの」
「え、なんで美波のこと知って……」
メイをさらったやつは、メイに目をくれることもなく、私だけを見ている。
「……能力者」
「ご名答ー」
私が言うと、誘拐野郎は微笑んで私にこたえる。
まるで、こちらが値踏みされているかのような。
「私、白峰リリ。あなたは黒岸美波、だよね。さすがに知ってる」
「……どうも」
やっぱり能力者だ。明らかに、雰囲気が違う。知らない間にメイも能力者の知り合いができていたのか。
「……メイの……友達?」
「……うーん、友達というか、…………」
白峰は考えながらメイをちらっと見て、こちらをにやりと一瞥する。
「恋人?」
「殺す」
私が踏み出して白峰と一気に距離を詰める。それと同時に剣を出現させる。振りかぶりながら、確実に胴を切り裂く。
剣を振りぬくと——。
キィン!
高い金属音が鳴り響く。
白峰は一歩もその場から動いてはいないが、自らの足を振り上げ、私の剣を防いだ。
足に鉄の防具でも仕込んでいるのか、はたまた何かの能力なのか。
戦闘中の今は思考しても仕方のないことは放棄する。
だが、一つ言えることは——。
「……強いね」
「あら、どーも」
白峰リリは強い。私の一撃に対応できるなんて。
今まで戦ってきた中でも、あえて急所を外すことはあっても、狙った一撃を外されたことはそうそうない。
まぁ、でも。
「……そんなこと関係ない」
「ふふ、メイをとられたことの嫉妬か~?」
「……ころす」
ギィン!
膠着状態にあった剣を足から切り離し、今度は足払いから攻める。
ガッ。
「!?」
足をとろうとして右足を当てた瞬間、まるで壁を蹴ったかのような錯覚に襲われる。
私としたことが迂闊だった。こいつに足は……。
「気づいても、もう遅いよ」
逆に足をはじき返され、体勢を崩したところに——
バァン!!
白峰の右足がわたしの顔面に炸裂する。
ものすごい脚力。一撃で意識が飛びそうになる。だが、脚力だけじゃない。剣と鍔競り合いができたあの足、鉄のような硬さも相まってとんでもない破壊力を出している。顔のどこかしらの骨が折れたのを感じる。
「ぐっ……!」
蹴りつけられた反動で右側を向いた勢いを利用してまだ無傷な右足を使って何とか逃げながら立ち上がる。
頭からも血が出て、視界が若干暗く感じる。
脳も揺れて視界がはっきりしない。これはまずい。
「戦闘に感情は禁物じゃなーい?ふふっ」
白峰は余裕そうな表情を見せる。
ここまでの戦闘で、おそらく白峰の弱点は上半身。全身まで鉄級の硬さを持っていたら今の私ではお手上げかもしれない。
「こんどは、こっちからーっ!」
そうゆうと白峰はものすごい速さでこちらに向かってくる。
正直、今の状態の脳と目では見切ることはできない。
だが——。
フッ。
左後ろ。
ガアッ。
風向きで勢いを見切る。左後ろから足が振り下ろされる前におそらく胴があろうか所に剣を振る。
何か引っかかった感触を頼りに、思いっきり振りぬく。
ガァン!!
そのまま剣で振りぬいて白峰を吹き飛ばす。
悪くないあたりだったが、致命傷になっていない感じの手応え。
「うーん、ほんとに化け物だねあんた」
「……はぁ、はぁ」
キッチンの方に吹き飛ばされ、食器が倒れこむ中、白峰はまだ余裕そうに立ち上がる。
「あんまり目ぇ見えてないはずなのに気配と戦闘の勘だけでぶち抜くとか、マジでやばいじゃん」
「……戦闘中なのにしゃべりすぎじゃない」
「あら、おしゃべり嫌い?私好きだよ」
「メイの次くらいに♡」
言われた瞬間駆け出していた。また足の方から、と見せかけて上半身への攻撃。でも、それもおそらく見切られている。だから、次の手を、次の手を——。
ガンッ。
考える間に白峰は反らした体で足を上げ、胸のところを思いっきりためてから蹴られる。
「……かぁっ」
息が出ずそのままメイのいるベッドの方まで吹き飛ばされる。
「……あぁっ、はぁ、が、ぁぁっ」
うまく息ができない。息をするところを思いっきりつぶされた衝撃。
「美波っ!大丈夫?」
「……はぁ、メイ……」
メイは動けないまま、私の方を心配そうに見る。私がここまで苦戦しているのを見たことがないメイは、ここまで狼狽しても仕方ないか。
「あんたさぁ、メイに好きっていったことある?」
白峰は余裕そうにわたしに問いかけしながらベッドに近づいてくる。
「……っ、は?」
「私はたくさん言ったよ。メイも受け入れてくれた。あんたは邪魔なの。早くくたばって」
「……あぁ?」
こいつなに言ってるんだ。私が知らないうちに、メイと仲良くなって。
なんかよくわからんことを言ってる。
「いや、わたしは受け入れたなんて、いや、その……」
なんかメイがおどおどしてる。こいつも何なんだ。殴られてるくせに。
まあ、そんなことは、ともかくとして。今、私にできることは一つ。
「……メイ、聞いて。逃げるよ」
「…………えっ?」
メイは一瞬聞いたことが信じられないといった反応。私が勝っているところしか見たことないしそりゃそうなるか。
「……正直私、このままじゃこいつに勝てない」
「そんな……」
それはわかりきっていることだった。せめてメイのいないところなら……。
でも、今は仕方ない。メイを逃がすことが優先。
ギンッ、ギンッ!
剣でひとまず鎖を切る。
これで最悪メイだけでも逃がせる。
「……ふぅ、じゃあメイ、私に逆らわず受け入れて」
「えっ……」
私は白峰に向かって突撃する。
今度は大きく振りかぶる。白峰はそれを理解して左に回り込んで思いっきり蹴りの姿勢で向かってくる。だが、よけずに。思いっきり部屋の窓の方に吹っ飛ばされる。
ドォン!!
「美波!!」
「?」
ベッドのシーツと壁と私とが入り乱れて吹き飛ぶ。
一瞬、視界に死角ができる。
骨がきしんだ胸を抱えて急いでメイを連れて窓から飛び出す。
「えっ、わぁぁぁぁぁぁ!!!!」
マンションの5階から飛び降りるのに驚くメイを尻目に、ちらと上を見上げる。一瞬、凶器に満ちた青い瞳と目が合った気がした。
――
「いやぁぁぁぁ!!!」
マンションからの急降下。
美波に抱えられたかと思うと、あっという間に窓を突き破って5階からダイブ。
「ぐっ」
着地と同時に美波は苦悶の表情と声を上げる。
美波は何度もリリに吹っ飛ばされていた。あれだけ強い美波が……。
「美波、大丈夫……?」
「……いや、ちょっときつい」
意外な答えが返ってくる。いつも大丈夫、とかなんとかなる、とか言ってくれていたから。
「大丈夫……?」
「……あれ、強いね」
美波が強いというほどの相手。リリはやっぱり格が違うのか。美波がここまで苦戦して、勝てないなんて言わしめる相手がいるとは。
「美波、わたし自分で歩ける」
「……うん」
美波は力強くわたしを抱きしめてくれているが、さすがに降ろしてもらう。いつまでもお荷物ではいられない。
「はぁ……ん、ごめんね、メイ」
「え……」
美波と改めて二人で向き合うと、美波は少し陰りを見せた表情で息を切らしながら言う。後ろめたさと、後悔の混じった表情。久々に美波と見合う。今までどこで何をしていたのか。聞きたいことは山ほどある。
「いやわたしのほうこそ……」
「……私、やっぱりメイと一緒にいたい」
わたしが口を開くより先に美波は力強く話し出す。
「……私、今まで人を殺すことでしか自分を見つけられなかった。殺せなくなってついメイのこと何回か殺しちゃった」
少し顔を落として言う美波。照れてはいなさそうだが、わたしに怒られた時のことを思い返しているんだろうか。
「…………そんな理由でわたしを殺してたんだ。知らなかった」
理由の是非は置いておいて、美波にもやっぱり美波の考え方がある。理由もなく人を殺す子じゃない。いつか言ったことだったっけ。
「美波にも美波の考えがあるのはわかるよ。でも、わたしにだってわたしの考えがある。気持ちがある」
つよく、逃げないようにしっかり美波を見て言う。ここまで、人の目を真っ直ぐ見られたのはいつぶりだろう。
「……うん。私、メイに怒られた」
少ししょんぼりして美波は言う。
「……メイと会えなくなった」
続けてさらにしょんぼりしたように言う。
「……それが、つらかった」
「……だから、私」
完全に下を向いてしまった美波は、ゆっくりこちらに向き直ってわたしの目を見る。
美波から目を合わせてくれることも珍しいように思う。
「……メイと一緒にいられるなら他に何もいらない」
ひどく、真剣なまなざしで。
ひどく、重い。
何もかもを捨てるという——。
「……私、メイが——」
ドォン!!
何かが上空から降りてきた音。明らかに異状を脳が伝えている。
「え」
音の正体へ振り向いた次の瞬間、音もなく美波は蹴り飛ばされていた。
「感動の時間は終わりでいい?」
再び現れた“白”は軽い、うすっぺらい笑みを浮かべて言う。
「ふ、くそつまんない」




