第22話「白昼夢」
わたしの中の黒い気持ち。
ネガティブなのは小さいころからだ。
幼稚園の頃、友達の輪に入れなくて一人で砂遊びをしていたら、先生から「メイちゃんも一緒に遊んだら?」なんて言われて。でも、わたしは入れなかった。いや、入りたくなかった。意地でも入りたくなかった。
だって人の心なんてわからない。わたしは入りたくても、皆は私に入ってほしくないかもしれない。
当時はシール交換が流行っていた。
わたしが少し高いぷくぷくしたシールを買ってもらって持っていると、皆こぞってわたしの周りに集まった。今まで話したこともしたことがない子もいた。
わたしに価値があるのではない。このシールに価値があるのだ。
当時の私はここまで考えていなかったと思う。でも不思議と、意地になってそういう子にはシールをあげなかった。
そしたら、その子から「嫌い」といわれた。嫌い。私のことが嫌いなんだ。
そのことが心の奥にずっとある。高校生になってから、幼稚園のことなんて覚えていないけれど。それでも、わずかな記憶がわたしの中で暴れ続ける。自分なんて。自分なんて。そんな気持ちが渦巻いては忘れて、また現れて。
わたしは、どこまでもひねくれていて、暗くて、黒いんだ。
でも、その先に光が見えることもある。
暗すぎた先にはその分光がある。
影を見すぎたら、ちょっとぐらい光が見えないと割に合わない。
「私さ、メイのこと好き」
リリは、わたしの瞳の中まで見透かすようにまっすぐわたしを見て言う。
吸い込まれそうな青い瞳はわたしだけを見据えている。
まるでほかの何も見えていないかのように。
光が差すように視界が開ける。
むしろ、真っ白だ。リリちゃん以外の全てが白く、まぶしい。
つい、目を背けてしまいたくなるほどまぶしく、白い。
「え…………」
突然のことに頭の中が真っ白になる。金縛りにでもあったかのように微動だにできない。
今何を言われた。好き?好きって、あの好き?
家族以外に言われたことがないかもしれない。
好きって、どういう意味だ?友達として?人として?それとも……?
今まで経験したすべての記憶が頭の中をめぐる。
小さいころの記憶。輪に入れなかった自分。嫌い、と言われた自分。好き、と言われた自分。
「ふふ、何でもないよ。聞かなかったことにして……」
わたしが驚きのあまり言葉が出ずにいると、リリちゃんは少し照れたように目を伏せる。
元の顔が白すぎるためか、赤くなっているのがだれの目を見てもわかってしまう。
その色っぽいしぐさに、なぜか心臓の高鳴りが止まらない。
リリが何か照れ臭そうに言うけれど、それは自分の心臓の音にかき消される。
やっとわたしに目を合わせられたリリちゃんは、少し微笑んで言った。やっと、聞き取れた言葉だった。
「……今日は、帰ろっか」
――
「……………………………………」
「……………………………………ほえー」
放心状態。自分の目と口が閉じないことを自覚しながら何もできずにいる。
動こうとしても動けない。動きたくないそんな気持ち。
決して深い意味はないはず。そんなわけない。あの流れだし。友達としてだ。
でも、なんであんなに頬を赤らめていたのか。
なんであの言葉だけあんなに照れていたのか。
そう考えると告白ってすごいな。あんな美少女が「好き」と言葉にするだけでここまで心をざわつかせる。
こんなことを言われた男子は深い意味がなくてもイチコロだろう。
わたしも瀕死。
いままで、自分がぞんざいに扱われていたことは理解している。
親は愛情を注いでくれたと思う。
それでも、学校という環境に取り囲まれた自分は、親だけで管理できるものじゃない。
その環境で形成された感情や価値観は、親に伝えず勝手に成長していく。
自分への肯定はもらえても、自分を肯定する術は得られない。
どう答えればいいものか。本当は答えもなにもないが。
だが、相手がどう思っているのかがわからない。どういう意図なのか、何を思っていたのか。
わからない。
でも、知りたい、と。そう思ってしまう。
――
「……………………」
「……………………」
また放課後、リリちゃんと二人でいつものカフェで集まる。
なぜか気まずい。
なんで、気まずいことなんてないはずなのに。
どう話題を切り出したらいいものか、まったく思考がまとまらない。
「あのさ……昨日……」
重い空気の中、リリちゃんが口を開く。少し気まずそうに上目遣いしてこちらを見るのが反則級にかわいい。
「昨日、メイって、呼び捨てにしてごめんね?」
「え?……あ、ああ、うん。ぜんぜんだいじょうぶ!」
まったく気にしていなかったことを聞かれたので、拍子抜けしてしまった。
そういえば、あの時はメイって呼び捨てにされていたか。それどころじゃなくて気づかなかった。
「ふふ、ありがと。なら私のこともリリ、って呼んでもいいんだよ?」
「あ、じゃあ、リリって、呼んでもいい?」
「もちろん!」
少し調子が戻ったように少しずつ会話が戻りだす。
「リリ、ありがとね」
「?どうしたの、メイ?」
わたしが改めて照れ臭そうに言うと、リリはきょとんと大きな瞳でこちらを見る。
「いや、昨日。唯に連絡してくれて。わたしに自信つけさせてくれて」
昨日、結局言えていなかったお礼を伝える。
暗い気持ちに沈んでいたわたしを救ってくれたのは、間違いなくリリだった。
「ふふ、なに言ってるの。メイはもっと自信もっていいんだから。こんなにかわいいんだし」
「えっ、かわ―」
「いや今のなし!」
リリは慌てて取り繕う。
もうそのしぐさが一つ一つかわいらしい。この何気なくいったであろう一言にも不意にどきっとしてしまう。
何なんだこの胸の高まり。もしかして、これが——
「メイっ、!……うち、来ない?」
――
「え、ここがリリのお家……?」
リリについていって着いたのは、近所でも有名な高層マンション。高いビルの少ないこの地域ではひときわ目立つ建物。正面に立つだけでその高さを見上げると気圧されてしまう。
「あ、そうだ。何か菓子折りでも買ってから……」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとね、メイ。今日うちの親いないから」
「あ、そうなんだ……」
それで大丈夫なものなのか、とも思うがあまり粘るのもどうかと思ってしまう。
リリの家に呼ばれて、中に親御さんもいない。なんか、より緊張してきたんだけど!?もう昨日からずっと心臓痛い!!
「このマンション大きいけど、うちは別に上にあるわけじゃないんだ。5階だし」
「あ、そうなんだ。それでも全然すごいけどね……?」
「いやいや、別にわたしのお金じゃないし!」
そんな会話をしながら二人しかいないエレベーターで5階へ向かう。
5階につくと、高級マンションだからか何の音もせずスムーズにエレベーターのドアが開く。
「ついてきて」
リリはエレベーターを降りると慣れたようにわたしの前を進む。
わたしはホテルでしか見たことがないカーペットの敷かれた道に驚いたり、下が見えるスケスケの窓が気になったり、視界をきょろきょろさせながらリリについていく。
「ほら、ここだよ」
リリが立ち止まると515と書かれた部屋を開ける。
わたしも恐る恐る中に入る。中は白い壁紙で、ものが驚くほどない綺麗なリビング。
うちとは真逆だ。
「ふふ、メイ。どうしたの。あんまりじろじろ見ないでね。恥ずかしいから」
相変わらずきょろきょろが止まらないわたしを見かねて、リリがあきれたように声を掛ける。
「ちょっとその辺で座って待っててー!ご飯作るから!」
「あ、うん!ありがとう!」
そういうとそそくさとリリはキッチンへ向かう。
ご飯……そういえば、前に料理に自信があるってことを言っていたことを思い出す。
「……」
リリの料理ができるのを待つ。
キッチンはリビングとつながっているので料理をしている風景は見える。しかし、こちらで座ったポジションからは何を作っているかまでは見えない。
一度完全に座ってしまった手前、座りなおしたりキッチンまで直接見に行くのもなにか悪い気がするし……。
することはないがあまり人の家をきょろきょろとみるものでもないし。携帯を見てるくらいしかやることがない。なんかすごいソワソワする。心臓の鼓動と、後ろで何かを炒めている音だけが耳に届く。
何もできずに一点をぼーっ、と眺めていると、うしろから足音が聞こえてきた。
「はーい!できたよ!」
そういってリリは作ったオムライスを持ってきてくれた。
「え!美味しそう!ありがとう!」
オムライスには大きくケチャップでハートが描かれている。かわいい。
「いただきます!」
はむ。一口食べる。おいしい!
「おいしい!」
「あ、ほんとー?よかった!ママとパパがあんまり家に帰ってこないから料理作るようになってさー!」
「へー!そうなんだ!」
確かに自分でご飯を作る子はたまにいるが、ここまでおいしいのはすごい。まるでお店の料理を食べているみたい。
「ふふー」
リリはなんだかにやにやしながらこちらが食べているのを眺めている。白いまつげに隠れた青い瞳が、ぎらついているように見えた。
「……ん?」
食べ進めていると、何か違和感を感じる。
視界が霧にかかっていくような……。
「メイ、どうしたの!?」
「いや、なんか……」
目の前が、真っ暗になる。
――
「……んん」
うっすらと意識が復活してくる。
じわじわと目を覚ますと、目の前にはリリが座って携帯をいじっているのが見える。
あれ、わたしは確か、リリの家で……。
自分の恰好を確認する。
わたしはベッドの上で両腕を開いた状態で鎖につながれていた。
まったく状況が呑み込めない。
なんで、わたしは眠らされて、鎖でつながれていて……。
「おはよう、メイ」
わたしが目を覚ましたことに気が付いたリリは、こちらに向かって立ち上がり、歩み寄ってくる。
その目は、ひどく冷たく感じる。にやり、と口元を緩めながら少し気味の悪い笑みを浮かべている。
「リリ、なんで……」
わたしが声を発すると、リリは一切表情を変えずに言葉を発する。今まであれだけ表情豊かだったリリが、心臓の鼓動が速まるのを感じる。
「メイ。ここで私と生きていこう?」
「え……」
わたしを慈しむように、あるいは憐れむような表情でこちらを見つめ、言葉を発する。
目覚めたての頭とこの理解できない状況がリリの言葉を通さなくしている。
「メイ。愛してるよ」
「リリ……なんか、こわいよ……」
やっとのことで言葉を絞り出す。今は、目の前にいるリリ、とは思えない何かに恐怖することしかできない。
リリは言葉を吐きながら少しずつこちらに向かってくる。
ベッドの上に乗り、わたしの顔の前まで顔を寄せてくる。
「メイ……」
わたしの両頬を両手でいとおしそうに撫でながら、リリは妖艶な目でこちらを一点で見つめてくる。すると突然の衝撃が左頬を襲う。
「ぐっ!?」
何が起こったかわからなかった。強い衝撃。殴られたのか。
口から血がしたたり落ちる。真っ白なシーツに赤が現れる。
「メイ……愛してるよ……」
「いや……やめて……」
一瞬の出来事すぎてわからなかったが、おそらく、目の前のリリは、わたしを殴った。それも一発で血が出るほど。まったく意味が分からない出来事の連続に、脳が理解を拒む。こわい。リリが怖い。来ないでほしい。でも、わたしは逃げられない。恐怖で心臓が押しつぶされそうになる。
「メイってさ……」
そんな混乱しているわたしを気にする様子もなく、リリは話続ける。
「不死身なんでしょ?」
「え、なんでそれ……」
混乱する脳を抑えながら、何とか聞き取れた言葉は衝撃的な物だった。
「だから、確かめたかったの。どこまでメイは生きられるのか」
「え、なんで……そんなこと……」
「実験のため」
今までとは想像もつかないほど冷たい声で、冷たく言い放つ。
白いまつ毛から覗く青い瞳が、今はひどく冷酷に、周囲の温度を奪うかのようにこちらを突き刺す。心臓がきゅっ、と掴まれたように体が竦む。
「1殴りだとさすがに血が出るだけでわかんないもんねー。じゃあ、どーしよー」
状況を淡々と説明しながら、リリだけベッドから降りてキッチンへ向かう。
「んー、一回殺してみるかなぁ……」
そう言ってキッチンから包丁を持って戻ってきた。
もうリリには感情の機微も一切感じられない。
「うそ……、うそでしょ、やめて……」
「んー。これ心臓とかさしちゃっていいやつ?さすがに死んじゃう?」
「ねえ、話を……」
「聞いてるよ。そのうえで無視してるだけ。あなたの話なんてどうでもいい。私はあなたの性質に興味があるだけなの」
残酷な告白。
今までのリリとは表情も、声色も、温度も何もかもが違って感じられる。
「え、じゃあ今までのは……」
「全部演技。あなたの心に寄り添っていたのも、あなたと何度も会って話していたのも」
「え……」
「じゃあ、最初はちょっとずつ試そうかー。まず腕とかから、行っちゃう?」
わたしのことを人とも見ていないかのように、面倒くさそうにわたしの質問に答える
「いや……いや……助けて……」
「……みなみ」
「んー、来ればよかったねー。じゃねー」
無情にも、刃物は振り下ろされる。




