第20話「漂白」
わたしは一人の人間だ。
日本では人一人ひとりには人権という権利が与えられていて、当然人を殺してはいけない、殺されるという経験もしてはならない。
わたしと違う考えの人間がいることもわかる。でも、受け入れられないものは受け入れられないんだ。
誰が何を好きでもいい。本当はそのはずなのに。そのせいで自分がないがしろにされるのがいやで、いやで。わたしを見て、わたしがあなたの中心になってほしい。そんなどこか依存にも近い独占欲を渦巻かせてしまう。心に深い陰りの黒が忍び寄る。
「もう、知らないっ!!」
「……メイっ」
バタン!!
わざと強くドアを閉めて家を出ていく。
わたしの記憶には新しい、先日の美波との出来事。
突然、わたしは通りすがりの謎の男に袋詰めされた。
あまりの出来事にすっごい怖い思いをした。暗い袋の中、もがけども何もできない。助けを求めても声が通らない。乱雑に揺れる世界の中、思考も感情もごちゃ混ぜになる。そんな暗い世界が一気にまぶしくなる。青空が見えた。その一瞬にして意識が遠のく。次に目にしたのは家の天井だった。
わたしと同居している殺人鬼、美波がわたしを助けるついでにわたしを斬ってしまったのだ。
わたしは斬られても死なない謎の体を持っているが、それにしてもあれは好き勝手にしすぎだ。
まったくもって納得いかない。それどころか美波のわたしに対する扱いの雑さに腹が立ってくる。
いくら問い詰めても美波はわたしを助けるためと言い張るが、ドン引きだ。
美波にとってわたしの扱いが悪いことは散々わかってはいたが。流石に我慢の限界を感じる。
わたしだって女の子だもん。
自分が血まみれになって復活するのももう懲り懲り。自分の血をファンデーションにしなければいけない。
とにかく、わたしはもう美波には付き合ってられないと感じたのだ。
こればっかりはわたしに非は全くないと思う。
確かに美波に助けられたことはたくさんある。やっぱり美波にはわたしがいないと……。いや、やめだ。あの性悪な悪魔に慈悲はいらない。今回ばかりは、今回ばかりは……。
わたしにしかできない。わたしにしか美波の相手は務まらない。いままでそんな思いを抱えていたのは事実だ。でも、本当に正解なのかはわからなくなっている。結局わたしは上手く利用されているだけなんじゃないか。もっと美波の扱いが上手くて、美波が心から信頼できて、雑に扱わない人だっているんじゃないか。わたしが遠ざかった方が美波はのびのび生きられるのか。答えが全部わからなくなる。
元々彼女は一人で生きていけた。初めて会った時は最悪だし、2回目に会った時だってカツアゲをしながら生計を立てているといっていた。どう考えてもわたしがいなくなってどうにか生きられたはずだ。
本心は、付き合ってられない、じゃない。
雑に斬られて、復活させられて、そんなことがいや、というよりも……。
どこかで美波にまた、わたしがいないとダメって言ってほしい自分もいる。
わからない。わからない。
どうすればいいんだろうか。
飛び出して行ってしまった手前、自分でも収まりがつかなくなってしまっている。
もっと大事に扱ってほしい自分もいる。
でも、やっぱり……。
「……はぁ。」
めんどくさ。
なんでわたしこんなことで悩んでいるんだろうか。
人に振り回されて、でもわたしは一人では生きていけない。
そんな今までの出来事への思い出しつつ、現実に時を戻す。家から出ていき、ぶらぶらと近所を徘徊しているが、目的地はない。気づけば商業施設が見えてきた。最寄りの駅まで歩いてきていたようだ。
家に帰ったら美波がいるし、今日ばっかりは帰りたくないなぁ……。
空は快晴。晴れやかな青空とそれを覆いつぶすような真っ白な雲。
一回何も考えないで見ようか。
なにもかんがえずこのまま——。
どんっ。
「きゃっ」
上を見ていたせいか、鉄にぶつかったみたいな感触を覚える。前を見ていなかったせいで電柱にぶつかったのかと瞬時によぎる。
尻もちをついてしまい、恥ずかしさと同時に何が起こったかを確認するために前を向く。
すると、雪のような真っ白な人の手が視界に現れた。
「大丈夫ですか?」
声を掛けられ、その手の持ち主の顔を見上げる。
「…………」
つい、息をのんでしまう。
その白い手の主は、その肌の色からさらにひと回り透き通った銀髪とでもいうべき、氷のような真っ白な髪。つい見惚れてしまうような青い瞳と白く長いまつげ。
日本ではまず見られないだろうという浮世離れしたその容姿とスタイル。ハーフだろうか。
道行く人だれもが振り向いてしまうほどのオーラを放っている。
一瞬、息をするのさえ忘れてしまっていた。時が止まったかと思うほどの衝撃。
「はぁっ、あっ、ご、ごめ——」
「ごめんなさい!!」
一瞬呼吸を忘れた喉が、何とか謝罪の言葉を紡ごうとした刹那、ものすごい速さで頭を下げられた。ちょっとびっくりした。
とても流暢な日本語。腰の角度は綺麗な90度。見た目とのギャップにさらに驚く。日本文化にも慣れているみたい。
「あ、いえいえ……」
何とか絞り出した言葉がこれ。こんなきれいな人と会話するのは初めてなのでどぎまぎしてしまう。え、いままでわたしってどうやって人と会話してたっけ。今日会話したのは人じゃなくて悪魔だし。
「ほんっとうにごめんなさい!お怪我ありませんか!?私もう雲見てて!今日の雲ふわふわでおいしそうだなー、なんて思ってたらほんと私のバカ!!」
「あ、いや、あの、大丈夫だと思いますけど……」
すっごい低姿勢から入ってくる。めちゃめちゃ礼儀正しいし。
その驚きと突然の出来事すぎて会話がままならなくなってしまう。
「いや、でも!一応……病院とか……」
相手の女性は心の底から私を心配してくれているようだ。
「いや!!本当に!!大丈夫ですから!!それに……」
「それに?」
「いや、わたしも、雲見てましたし…」
「え?ふふ、そんなことあります?」
「ははは…」
わたしの言葉で緊張がほぐれたのか、相手も笑ってくれる。めっちゃ美人。
「あの、じゃあ、今からお時間ありますか……?」
「…え、はい……?」
――
「いやぁ、良かったです……。私あんまり周り見れないときあって……!うっかりぶつかっちゃうことよくあるんですよぉ」
「あ、あはは……そうなんですか」
つい、愛想笑いとたわいもない返事をしてしまう。
今日は休日。昼間のカフェは人でにぎわっている。
家族連れからカップルまで、絵にかいたような憩いの場としてその空間は成立している。
その中で一際目立つ、白髪の超美少女とそれに不釣り合いな普通女。いや、普通未満女。
なんか申し訳なくなってくる。いつもは黒色の死神みたいなやつが隣居たから気が楽だったのに。もう周りの目とか気にしている次元ではなかったし。
「あ、そういえば、名前言ってなかったですね。私、リリっていいます。白峰リリ」
「あ、あ、そうですね。わたしは水無月メイですっ」
「メイちゃん!かわいい名前!」
「あ、ありがとうございます……」
なんかきれいな人に褒められたぜ。しかし、こうも親しく接してきてくれるとわたし自身悪い気はしない。しかもいきなりちゃん付けしてくれる。すっごいぐいぐい来てくれてこっちもついきょどっちゃう。
「メイさんはいくつなんですか?」
「あ、わたし15です……」
「じゃあ一個下だ!高1?」
「ああ、はい……」
距離の詰め方だすごい。いや、このくらいが普通なのか。とにかく白峰さんは一個上ということが分かった。大人びた雰囲気から大学生といわれても違和感がないくらいなのに、年は近かった。
そういえば美波も16で一個上だったっけ。一つ上でもあいつとはえらい違いだ。
……いや、もうあいつのこと思い出すのやめよ。
「学校もこの近くなの?私、光北高校!」
「あ、わたし隣の高校です……」
私がそう答えると、白峰さんの顔はぱっと明るくなる。
「えー!ほんと!」
「あ、はい……」
近くに住んでいればそれはそうなのだが、白峰さんはすごく新鮮な反応をよこす。
ただこの近辺であったこともあって高校も近かった。でも近所にこれだけの美人がいるなんて知らなかった。これだけの美貌ならこの辺の高校にモデルみたいな人がいる!みたいな感じでうわさされていてもおかしくないのに。
「…………」
少しの沈黙とともに、ふと隣の白峰さんを見る。
窓から差し込んだ日差しとともに、純白の髪が輝く。窓をぼおっと眺めるその横顔は、どこか絵画のような儚ささえ感じさせる。
要するに超美少女。
こちらに横顔を見せていた白峰さんはふと、何かを思い立ったようにこちらにご尊顔を向ける。
「私、実はこのあたりに引っ越してきたばかりで……、高校も編入してきたんだ。だから、メイちゃんとは是非お友達になりたいな!」
キラッキラの笑顔でこちらにまっすぐ感情をぶつけてくる。まぶしいっ!!
「え、あ、わ、わたしでよければ……」
「ほんと!?うれしい!じゃあ連絡先交換しよ!」
あれよあれよという間に連絡先の交換が済んでしまった。
わたしが高校入りたての頃はこんなことなかったのに……!というか一つ一つの反応がかわいくてこちらまでうれしくなってしまう!まぶしすぎて自分がにくい!
「じゃあまた!また誘うね!」
「はい!」
――
なんか今日すっごい楽しかった気がする。充実感。
まず騒がしいのがいないの。
「ただいまー」
わたしがドアを開けて開口一番に発すると、夕飯の支度をしていたお母さんはそれに気づいて反応する。なんだか浮かない顔に見える。
「メイ、おかえり……、美波ちゃんと、なんかあった……?」
「……ああ、美波ね。しばらく顔、見たくない」
「喧嘩しちゃったの……?メイもなんか悪いことしちゃったんじゃないの?」
「わたし悪くないから。それと、今日はリビングで寝る」
心配そうに声を掛けてくるお母さんにそっけない態度を突き返す。とにかく南の話はしたくない、というように。
どうせわたしの部屋は美波に占拠されてるし。あとでわたしの教材とか出してもらえば明日の学校は何も問題はない。何より今は美波と顔を合わせたくない。
「…………」
「メイ……」
もう何でもいいし。今日は一ついいことがあった。それを糧に今日はもういい日だったことにする。黒く染まった心が白く洗浄されたような気分。何かにとらわれては何も得れない。
普通に出会って、普通に仲良くなる。これでいいじゃないか。
別にわたしだって、わたしだって。
美波じゃなくてもいい。




