第15話「剣vs盾」
「灰原さ…………どうや…………やられ……」
「ああ……じゃ…………こっち……やっといて……」
なにやら途切れ途切れ会話が聞こえる。さっき確か後ろからぶん殴られたんだっけ。後頭部の鈍い痛みと床の堅い感覚で目を覚ます。
「んんぅ……」
周りを見渡すとさっきと同じショッピングモールの一角にわたしはいた。
さっきの灰色の女の子と黒スーツの男が数人何やら話し込んでいるのが目に入った。
あれ、まだ気づかれてない……?このままなら……。
ちらり、と左右を控えめに見渡す。厳密にはわたしは床に寝かされている状態だから上下に目を動かしている。目の前にいる人たちには気が付かれていないのも確認しながら目だけを動かす。
うっわー。こっわー。なんかこういう状況にあったら絶対動けないんだけど。もし気づかれたらと思うとわずかな動きでも音が出てしまいそうでまったく微動だにできない。
ふと頭を巡らす。これ、逃げようとして見つかる方がやばいかな、このまま連れていかれる方がやばいのかな。
「この子はどうしますか……」
「んー、まあどうでもいいや。黒岸こなきゃころす。黒岸こなくてもころそっか」
あ、どっちもやばいそうです。
頼りの綱は美波……だけど……。
ちょっとだけ体をくねらせて動いてみる。一瞬靴が床とこすれてキュ、という音を出しそうになって固まる。
うわー。これやっば。
今度はちょっと足を浮かしてくねらせてみる。
でも今度は手が擦れそうになっる。足を上げてる分力が入っちゃってまた音が鳴りそうになる。うわー。
何とか腰をくねらせながら動くことに成功した。
傍から見るととんでもなく滑稽に見えるかもしれないが、これが人間の生存本能!
そしてついに、手のひらの汗を拭きとり、ゴキブリスタイルでの歩行が可能となった!
はやい!はやいよこれ!!これで視界から離れて、なんとか二足歩行まで進化できれば……!
「にしても黒岸こないねー。もしかして見捨てられてんのかな」
灰髪の少女……さっきの会話で灰原って言われてたっけ。灰原は美波が来ないことにどうやらしびれを切らしているらしい。わたしどのくらい寝てたのかな。会話にも耳を傾けながら、少しずつ動く。
いまだにこっちを向かないのでもう少し、もう少しという思いで動いていく。その視界から逃れられれば……。
「ね、あんたはどう思う」
「!」
灰原の方を見ると灰原とゴキブリスタイルのわたしの目が合っていた。確実に。まるで初めから気付いていたかのように。
「気づかないと思ってた~?私も大分なめられたねー」
わたしの反応を楽しむように灰原は近づいてくる。わたしもゴキブリから進化を遂げられずにいる。
「んー。本当は黒岸来るまで待とうと思ったんだけどなー。かれこれ待ちすぎて飽きてきちゃったしー」
「ちょ、ちょっと、灰原さん……」
「うっさい。私に逆らうなし。つか、2時間も待たせて黒岸はほんとにここうろうろしてるだけなの?もうとっくにここの才天教は壊滅してるんだしさ、黒岸いないんじゃないの?」
だいぶ苛だったように灰原はスーツの人に当たり散らかす。
てか、わたし2時間も寝てたの……?それでも美波は来なかった。
「いや、ちょっと待って!」
慌てて体勢をもどすと、スカートのポッケからピンクの髪留めが落ちてきた。美波と一緒に買った。お揃いの。
美波……。
…………。
「はーい。しんみりしてもだめでーす。お仕置きお仕置きー」
何も言葉が入ってこない。助けがない状況にだんだん顔が青ざめていくのを感じる。美波が来ないんじゃわたしは、どうすれば――
「はい、おっしおきー、おっしおきー」
どんどん近づいてくる灰原。わたしの鼓動は音を高める。恐怖の琴線に近づいていく。
「いやぁ……やめてよ……」
「うーん。爪剝ぎか指詰め、それか……」
「……それ、私にやってみてよ」
「…………っ!!!!」
声がしたのは、上階からだ。
見るとそこには――
「美波っ……!!」
2時間しかたっていないのに、ずっと会っていなかったかのような感覚になる。
わたし達の前に現れたのは黒色の剣士、黒岸美波だった。
「あ。やっと来た黒岸ー。マジで待ったよ。どこほっつき歩いてたワケ?」
「……広すぎて道に迷った」
「………………ああ……そう」
美波ってやっぱりアホなんじゃ。
「……でも、メイは返してもらう」
「はっ!!やれるもんなら……」
「……もう返してもらった」
「あい?」
「うおお、美波なに、なに急に!!」
気づくとわたしは美波に背負われていた。ほんとに気が付くことなく一瞬でだ。
灰原も、周りの男達も、背負われたわたしでさえも気が付かないほどの速さ。やっぱり美波はすごい。
「……は、さっすが黒暗天。でもあんたはミスを犯した。今のタイミングで……」
「私を殺さなかったのは失策だったね」
美波からわたしを取り戻されても一切動じることなく、灰原は美波と同じように無から盾を取り出した。美波がやっていたように。
やっぱり能力者だったんだ……!!
「あんたたちも出てきて。もう黒岸も水色の子も殺していいから」
続けて灰原がそう言うとスーツ姿の男達がぞろぞろと出てきた。全員が銃を持っている。本当にここでわたしと美波を殺す気なんだ。
「てか美波、もう下ろしてよ!!恥ずかしいから!!」
「え、あ、ごめん……」
そういって美波はわたしをゆっくり背中から降ろしてくれる。
そして、正面から向き合う。ここは、わたしから話さないと。
「えっと、美波……」
「ごめん。メイ」
「えっ、美波……」
「…………私、メイのことあんまり考えてなかった。ほかの人のこと考えるなんて、今までやったことなかったから。…………だから、ちょっと考えてみることにした」
「美波……」
「今までメイが私のことで我慢してたなら、私もちょっと我慢する。メイが殺してほしくないのなら、私はちょっと殺すのを我慢する」
「美波、えっと、わたしも……ごめん。美波にも美波の考えがあるし、言い方が悪かったのはあると思う……けど、うん……ちょっとわたしのことも、わかってくれてうれしい」
「……うん。だから、ちょっとだけ。我慢できない分は許して」
「え、それって……」
ざくっ。
――
「あんた……その子と友達とかじゃないの……?」
ぼと、と落ちたメイの首を見て私の前に立ちかる男達と、灰髪の盾女……灰色でいいか。灰色はは戦慄する。
さっきちゃんと今言ったじゃん。我慢できない分は許してって。
「いや、仲直りはそこまで?的な感じで入ろうとしたんだけど……。え、仲……なおり……?」
さっきまでの威勢はどこまで行ったのか。信じられないものを見た、といった感じで目を真ん丸に見開いている。
なんか驚くところあったかな。ただメイはどっちにしろ巻き込まれて死んじゃいそうだったから私がついでに殺しておいただけなのに。別に殺せてラッキーとか思ってないし。多分。
「……で、やるの?やらないの?」
私が聞くと、灰色はハッ、と我を思いだいたように威勢のいい顔つきに戻る。
「そうだった、私達の目的はあんたを殺すこと!行きなさい、あんたたち!!」
「「「うおおおおおおおお!!!」」」
そういうとスーツの才天教の男たちは銃を構えて私目掛けて乱射してきた。
だが動きは単純。やっぱり素人の域を出ない。
銃弾の動きを見ながらよけるようにして男たちに近づいていく。
……まぁ、殺さないようにはしとくか。
右から左に、タン、タン、タン。ステップと一緒に銃を持っている腕を順に斬っていく。
まぁ、これでしばらく攻撃には出れないだろう。
これで前に出てきた男たちは戦闘不能。
大体10秒くらい。
「……じゃ、でてきてよ」
「………………!!」
灰色に呼びかけると灰色は一気にこちらに殺意を向けだした。
実際、メイに対してだからだろうけどここに殺意は見えなかった。
でも、この灰色は今までの男達とは違う。能力者だし、多分金城よりは格段に強い。
「ハッ、じゃあいくよ!」
そういうと、灰色はいっきに飛びはね私の首目掛けて盾をふるう。
私は間一髪のところで体を反り返しかわす。よく見ると盾の側面に刃物がついてる。危ない。
殴られかけたお返しに左足を軸にして右足で蹴り上げる。だが、それも間一髪のところで躱される。こいつ、動けるタイプ。
「あっぶな、あんたほんと油断も隙もないな!」
「……いや、今のは私も決まると思ってた」
「……じゃあ、」
今度はこっちから。一瞬踏み切ると、盾を持っていないほうの左手目掛けて剣をふるう。
だが、
キィィィィィィン!!!!!
それは読まれていたのか盾ではじかれてガードされる。
盾で防がれるのは想像どうりだったが、正面なら鉄くらいはへこます自信がある。うまいこと剣の側面をとらえて受けられてしまった。
「……んん…………」
ここまで強いのは久しぶりに戦った。多分1年ぶりくらいに。でも。
「あっぶな!!死ぬわ!!」
「…………」
向こうは大分余裕はなさそう。戦闘に感情は禁物。
「このっ、くらえっ!」
怒りのままそういうと、灰色は盾をそのままぶん投げてきた。
「……!」
ガキィン!!!
盾の動きを見定めながら剣で弾く。
そのまま灰色は盾を持たずに手ぶらのままで突っ込んできた。
それを迎え撃とうと剣を構えると……。
「油断したなばーか!」
灰色は再び盾を手元に復活させ、殴りかかってきた。
「……そんなのわかってるよ、ばーか」
殴り掛かってきた盾を剣で弾き飛ばし、灰色の体を蹴っ飛ばす。
向かってきた勢いも相まって多分結構骨、折れたと思う。
どがぁん!!
蹴っ飛ばされたまま灰色は建物の壁に衝突する。
守りに関しては上手いが、攻めは素人感が拭えない。
あと一発、あの盾を搔い潜ってぶん殴れれば。
「いったぁぁぁ!!」
向こうの壁でうなり声が聞こえる。
うるさい。
「はぁ、はぁ……あんたどんだけ馬鹿力なの……まじで骨折れたんだけど……」
「……私を殺そうとした奴が言うセリフじゃない」
「うっせえ、マジでコロス……!」
そういうとまた灰色は盾をもって正面から突進してきた。学習しないのか。
でも、今度は少し姿勢が低め。剣で弾かれないようにしているのか。防御力は高いし、正面からの突破は難しそうだ。うーん、どうしよ。
「……あ」
灰色を迎えようと下を見ているとさっきメイがいたところにあるものを見つける。
「……まぁ、これは私とメイの勝利だよ」
「はぁ?何言ってんだよ!!」
灰色はその突進の勢いを強める。やっぱり、こちらが攻めても防がれてしまうだろう。
「……じゃあ、」
向かってくる灰色の目に目掛けて右手でピンをはじく。
「あたっ!」
一瞬灰色の動きが鈍る。
その隙を逃さず一気に詰め寄る。そしてそのまま。
がんっっっっっ!!!!
ものすごい衝撃音と共に盾を真正面から剣で斬りかける。
でも本気じゃない。押すように、中心をとらえて。
「がっ……」
そのまま振り切ると、灰色は血を吐きながら盾と一緒に吹き飛んでいく。
がぁぁん!!
真ん中がへっこんだ盾と共に再び壁まで吹っ飛ばされた灰色は流石に動く気配がない。ひとまず気絶してくれたみたいだ。
「ん……」
灰色が吹っ飛ばされた後にはメイと買ったピンクの髪留が落ちていた。
「……メイ、ありがと」
普段あんまり面と向かって言えないことを言っとく。メイのおかげで楽に勝てた。
「さて、これどうしよう……」
首のなくなったメイの死体。ここでくっつけておくか、それとも帰ってからくっつけようか……。
……そのまま、首のないメイを持って帰ったら流石に怒られそうだからくっつけとこ……。